録画してた番組ですが、ER13第23話を、やっと見終わりました。もう、マンネリ化だろうと思いながら、見続けていますが、よく事件が次から次へと重なります。ドラマとはいえ、展開が速いのが、ERシリーズの特徴でしょうか。出演者も、かなり変わりました。クリフハンガー的な23話は、押し寄せる荒波といくつもの疑問を投げかけて、終了です。レイとニーラ、そしてゲイツは、どうなる。ゲイツとサラも。ER部長に着任したモレッティに皆はついていけるのか。ルカとアビーにも何かありそう。イラク戦争での捕虜に対する虐待行為にふれるシビアな味付けも。14シーズンの放送日程が待たれます。(困難に立ち向かい続ける姿勢、そして、時に疲れ果て身を持ち崩しそうになる気持ち、そんな事に共感しながら、観てるのかもしれません。)
自己満足で十分だと言ったけど、
自分のためだけに何かをすることは、実は味気ないものだとわかっている。
だから、わがままな自分とどう折り合いをつけるか、
いつも迷っているのだ。
何かを求め追求して、何かが得られたとしても、その後の空虚な感覚は、
自分の世界の中だけで終わっているからか。
ぼくは一人の時間がすきだ。そして、その限られた時間を愛してやまない。
だから、周りの人々とも、ある一定の距離を置くことにしている。
ここでも、やはり、わがままな自分とどう折り合いをつけるか、
またも迷うのである。
どの本だったか思い出せないがこんなことが書かれていた。
「あなたの愛する人々のために、惜しまず、自分の時間をそそぐこと。」
さて、絶妙なるここ一番と感じた時、それを発揮できるかが試される。
(これがバッティングすることも、しばしばです。実際は応用編が多いので難しいです。)
自分のためだけに何かをすることは、実は味気ないものだとわかっている。
だから、わがままな自分とどう折り合いをつけるか、
いつも迷っているのだ。
何かを求め追求して、何かが得られたとしても、その後の空虚な感覚は、
自分の世界の中だけで終わっているからか。
ぼくは一人の時間がすきだ。そして、その限られた時間を愛してやまない。
だから、周りの人々とも、ある一定の距離を置くことにしている。
ここでも、やはり、わがままな自分とどう折り合いをつけるか、
またも迷うのである。
どの本だったか思い出せないがこんなことが書かれていた。
「あなたの愛する人々のために、惜しまず、自分の時間をそそぐこと。」
さて、絶妙なるここ一番と感じた時、それを発揮できるかが試される。
(これがバッティングすることも、しばしばです。実際は応用編が多いので難しいです。)
「中東やアフリカなどの紛争地に赴き、DDR(武装解除・動員解除・社会復帰)と呼ばれる国家規模の武装解除を担う、NGO日本紛争予防センター事務局長・瀬谷ルミ子(32)。兵士から武器を回収、治安を回復させ、国を復興へと導く。この10年、瀬谷は、国連職員や外務省職員などの立場でシエラレオネ、アフガニスタン、コートジボアールなどのDDRに関わってきた。今はその経験を生かし、フリーの専門家として仕事を請け負う。」(プロフェッショナルより引用) アフガニスタンのカルザイ大統領から「ミスDDR」と呼ばれる瀬谷ルミ子さんは、現在、20年も紛争が続いたスーダンで武装解除から、動員解除、そして、それぞれの兵士の社会復帰までの調整役のエキスパートとして活躍されています。瀬谷さんは、自国の政府に対しても不信感を持つ人々の心の傷を、つまり「心の武装解除」を行う必要があると説いてます。現場に赴き、支援できる事がなにか、そして、最終的には、各兵士が、自分の人生に自分で責任をもてる状況に導く支援を行うための粘り強い交渉の仕事の流儀とは。「目の前の現実に答えがある。」、「人生は自分の手で変えられる。」という強い意志が、瀬谷さんの行動力の源です。(マラリアに8回もかかったと普通に話す瀬谷さん、単に強いというだけでなく、志が高い行動派なのですね。「人生は自分の手で変えられる。」という言葉、ちょっと熟考です。)
プロフェッショナル
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/090421/index.html
プロフェッショナル
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/090421/index.html
「二十歳の時、人は自分が周囲に
どう見られているかが気になる。
四十歳になると、自分が周囲に
どう見られているか気にならなくなる。
六十歳になると、
周囲は自分のことなど
見ていなかったことに気づく。」
(引用元不明)
「自意識過剰の認識不足」は、若い時ほど顕著に過敏なものです。そのうち、そのような頃の自分に戻りたいと思ったりします。そうこうしてるうちに、中年になり、自意識が薄れてくると、怖いもの知らずになり、また、それはそれで周囲の人々がいい迷惑だったりするわけですが、老年期(サラリーマンだったら退職の頃ですか。)にさしかかってくると、自分がいなくても社会は、何事もなく回っているのでしょうね。これは、寂しいことではなく、事実だと思うのです。ここから、また新しいドラマが始まるかもしれません。
どう見られているかが気になる。
四十歳になると、自分が周囲に
どう見られているか気にならなくなる。
六十歳になると、
周囲は自分のことなど
見ていなかったことに気づく。」
(引用元不明)
「自意識過剰の認識不足」は、若い時ほど顕著に過敏なものです。そのうち、そのような頃の自分に戻りたいと思ったりします。そうこうしてるうちに、中年になり、自意識が薄れてくると、怖いもの知らずになり、また、それはそれで周囲の人々がいい迷惑だったりするわけですが、老年期(サラリーマンだったら退職の頃ですか。)にさしかかってくると、自分がいなくても社会は、何事もなく回っているのでしょうね。これは、寂しいことではなく、事実だと思うのです。ここから、また新しいドラマが始まるかもしれません。
FMラジオを聴いていると、木村カエラさんの 新曲が流れてまして、「おちゃのこさいさい」と歌っているのです。しばらく、「おちゃのこさいさい」と頭の中を回ってました。聞いたことある言葉ですが、まず、使わない言葉って、新鮮に感じるものです。ご本人も、歌詞として迷ったそうですが、ここは、これしかないと思ったそうです。(曲名は「BANZAI」のようです。)そうなると、そもそも、「おちゃのこさいさい」の意味が気になってきます。以下、YAHOO!知恵袋のベストアンサーより引用です。 「「とても簡単なこと」という意味。言葉の由来として、「おちゃのこ」で区切って、お茶を飲むときに一緒に出てくるお菓子との事です。残りの「さいさい」は、囃子詞(唄の調子を整えたり、唄をひきたてたりするために歌詞に添えられる。)で、意味はないようです。つまり簡単に食べられるとなる。」
視聴できます。(木村カエラ、「BANZAI」)
http://kennsinn55555.blog96.fc2.com/blog-entry-2241.html
視聴できます。(木村カエラ、「BANZAI」)
http://kennsinn55555.blog96.fc2.com/blog-entry-2241.html