どうしたらいいか、わからないことが多い。
自分の判断でしか、先には進めないこと、わかっていて、
身近な人々の期待に少しも、こたえていないのが心苦しい。

自分は、どうしようもない、つまらない人間なのだから、
その役割に徹することのできない弱い人間だから。
背中の荷が重すぎるのだ。

ただ、ひとつ言えることは、まずは食べていくために、
どうするかが、最優先なのだ。
それさえ、道をはずさないように、
とにかく、それだけを思い、乗り越えていきたい。

(老老介護問題、じわじわと来てます。
 さて、どうしたものか。...)
「三友の牧場は、一見、ひと世代前の「古臭い」スタイルだ。放牧を中心として、牛に自然の草を食べさせることにこだわる。牛舎は古くて小さく、飼っている牛の数は地域の平均の半分以下、生乳の生産量は3割しかない。それでも、三友は驚くべき利益率をあげる。自然に逆らわず規模拡大をめざさないスタイルは、えさや設備投資の経費が圧倒的に少なく、小規模なのに逆に利益があがるのだ。」(プロフェッショナルより引用)    この小規模の酪農スタイルをマイペース酪農と言い、不景気の今、話題になっているとの事です。牧草地に放牧することにより、餌代を抑えることができますし。穀物の高騰の影響を受けることもないのです。酪農家、三友盛行氏は、自然を前にし、いたって謙虚です。「自然の営みのおこぼれを、頂戴して、人は生きている。」この考え方も、妙に新鮮に感じてしまいます。「立ち止まると風景が変わる。心の風景が変わる。立ち止まることと成長は、無縁ではない。」と説く言葉は、心を置き去りにして、走りすぎる、現代人の盲点をついているような気がします。

プロフェッショナル
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/091006/index.html
テレビの録画番組より、「第18回山本周五郎賞を受賞した荻原浩の同名長編を原作に、『トリック』や『ケイゾク』の堤幸彦監督が映画化した人間ドラマ。若年性アルツハイマー病に侵された男と、ともに喪失を乗り越えようとする妻の夫婦の情愛をたおやかに描く。互いを受け止め合い、痛みを共有する熟年夫婦を渡辺謙と樋口可南子が好演。人を愛することの根源的な意味を問いかける重厚なテーマを、ソフトな語り口でつづる堤監督の演出手腕が冴え渡る感動作。」(シネマトゥデイより引用)   広告代理店で生え抜きの部長、佐伯雅行(渡辺謙)は、打合せの時間を忘れたり、バイキングで、元いたテーブルの位置がわからなくなるといった忘れることの恐怖を体験し、病院を受診します。50歳を前にして、「若年性アルツハイマー」と宣告され、取り乱す佐伯雅行。「俺が、俺でなくなって平気なのか?...自身ねぇなぁ俺。...」と妻に苦悶の吐露をします。それでも、「死も老いも、病気も、人の宿命。だけど、あきらめるな。」と友人からの励まし。「だめだと思えば、だめになる。いけると思えば、いけるものだよ。病気だってそうだろ?負けちゃあだめだよ。」というお得意さんからの言葉をいただくも、結局、仕事を追われ、依願退職することに。崩れていく自分に押しつぶされそうになる。この病を経験したことがない私たちに、自分の妻(樋口可南子)をも忘れてしまう心境を説得力をもって表現されてました。現実的には悲惨にみえても、どことなく救いのあるラストでした。私も、かなり、物忘れが増えてきたような気がします。本当にひとごととは思えず同化して観てしまい、またしても不覚にも、嗚咽しながら観てました。(ちょっと、大げさか。)渡辺謙さん、今まで観た作品で、一番、迫真の演技でした。

シネマトゥデイ
http://www.cinematoday.jp/movie/T0004063
恥かけ、汗かけ、涙しろ。

この言葉、たまたま、拾ったのですが、今の私の背中を押してくれる言葉だと思いました。いくつになっても、一歩前に出るのは難しいものです。また、年を重ねるほどに、保身に走るものです。だから、恥をかく覚悟がないと、退行してしまうような気がしています。
「おもしろくないと嘆く前に、おもしろいことを探すのが大事なんでない?ウチの会社の近くに青山墓地がある。少し歩けば木々の緑にふれられる。その緑を見るだけで、心がワクワク。自動販売機でコーラを買って、当たりが出たぐらいのことでもフジマキは大いに喜ぶ。老子は、「知足」と言った。確かに「足るを知る」と、勝ち負けにこだわりすぎることがなくなると思う。」(藤巻幸夫氏、朝日新聞 beより引用)    勝ち組の藤巻幸夫氏と言われて、勝ち組なんて、とんでもないと言う発言から始まっているのですが、心の持ちようによって楽しくも、つまらなくもなるというお話です。私は、何か面白いことがないかとつぶやいて、ちっとも、見つけようとしてないことがあります。この記事を読んで些細なことに幸せを感じていたいと感じました。