「私たちは、「話しすぎた」ということはあっても、
「聞きすぎた」とは、めったいいません。
それはきっと、私たちが、悩んだときや困ったとき、嬉しいときなど、
なにかと話を聞いてほしい生き物だからなのかもしれません。」(竹内 義晴氏のブログより引用)
日頃、あまり話さない私でも、「話しすぎた」と思うことがあります。相手に不愉快な思いをさせたのではとか、墓穴をほったとか。でも、そんな、私のたわ言を聞いてもらうだけで、気持ちが落ち着くものです。だから、相手がいっぱい話したい時は、きちんと耳を傾けて、受けとめたいものです。
「ここで、「がんばる」という言葉の時間軸を意識してみましょう。
「がんばったね」(過去)
「がんばってるね」(現在)
「がんばってね」(未来)
つまり「がんばってね」は、
これからやること(未来)を後押しする言葉なんです。
一方、「がんばったね」「がんばってるね」は、
これまでやってきたこと(過去)、
いまやっていること(現在)に対する、評価やねぎらいです。」(竹内 義晴氏のブログより引用)
「がんばれ」とか「しっかりしろ」って、よく言われ続けましたが、「がんばったね。」とか「よくやった。」とは、私のような、いい年になって言われることは、まず、ありません。だから、その機会がきたら、タイミングよく、「がんばったね。」と言えるようになりたいと思います。
竹内 義晴氏のブログ
http://blogs.itmedia.co.jp/takewave/
「聞きすぎた」とは、めったいいません。
それはきっと、私たちが、悩んだときや困ったとき、嬉しいときなど、
なにかと話を聞いてほしい生き物だからなのかもしれません。」(竹内 義晴氏のブログより引用)
日頃、あまり話さない私でも、「話しすぎた」と思うことがあります。相手に不愉快な思いをさせたのではとか、墓穴をほったとか。でも、そんな、私のたわ言を聞いてもらうだけで、気持ちが落ち着くものです。だから、相手がいっぱい話したい時は、きちんと耳を傾けて、受けとめたいものです。
「ここで、「がんばる」という言葉の時間軸を意識してみましょう。
「がんばったね」(過去)
「がんばってるね」(現在)
「がんばってね」(未来)
つまり「がんばってね」は、
これからやること(未来)を後押しする言葉なんです。
一方、「がんばったね」「がんばってるね」は、
これまでやってきたこと(過去)、
いまやっていること(現在)に対する、評価やねぎらいです。」(竹内 義晴氏のブログより引用)
「がんばれ」とか「しっかりしろ」って、よく言われ続けましたが、「がんばったね。」とか「よくやった。」とは、私のような、いい年になって言われることは、まず、ありません。だから、その機会がきたら、タイミングよく、「がんばったね。」と言えるようになりたいと思います。
竹内 義晴氏のブログ
http://blogs.itmedia.co.jp/takewave/