「できることの少ない日は、
 少なくなにかをする。」
 (ほぼ日、糸井重里氏)

どうにも、仕事がはかどらない、または、考えがまとまらない時、そして時間ばかりが過ぎていく時、そのような時は、頭の切り替えが必要です。はかどる日もあれば、どうしようもない日もある。そのどうしようもない日でも、机の上の整理でもしていれば、大切なメモ書きに目が止まるかもしれません。つまないことでも、何かをすることが大切なのです。
「世界中で500誌以上の表紙を撮ってきたレスリー。一流ファッション誌のみならず、広告写真、ユーミンら著名アーティストのCDジャケットも手掛け、ビヨンセなど海外スターからの依頼も絶えない。」(トップランナーより引用)   シンガポール出身のレスリー・キー氏は、ご自分の考えていることをダイレクトに、そしてとてもわかりやすい日本語で語られました。「どのように撮るかは、決めていないが、目の前にすると、どのようにすべきかがわかる。」「1枚で、すべてを物語れるのは、写真の魔法。」「グループ撮影では、タイミングの遅い人に合わせる。」なぜ、人を撮るのか。「人には喜怒哀楽があるから。それを撮りたい。」そして、以下、モデルさんからのコメント。「躍動感あふれる写真であり、何をしたいかをきちんと説明してくれる。」レスリー・キー氏が、4年間のアメリカの修行を得て感じたこととは。「日本は作品になる写真が少ない。仕事として撮ってる写真が多い。」レスリー・キー氏は、シングルマザーという環境で育ち、その母を、ご本人が13歳の時、39歳という若さで亡くなられたという過去。最後のコメントとして、「自分は、多く人から育ててもらった。そして、愛をもらった。だから、自分には、これから、それを返していくす責任がある。」熱き、写真家、いえ、一人の人として魅了されました。

トップランナー
http://www.nhk.or.jp/tr/2009album/100305.html
弥太郎が、やっと江戸で勉学に励めると思った矢先、弥太郎は、父が大けがをしたとの手紙を受け取ります。当時、江戸から土佐まで徒歩で、30日かかった道のりを、わずか16日で父のいる土佐に全力で帰ってきた与太郎。床屋から不条理な条件をつきつけられて抗議したため暴行を受けた父の替わりとなり、奉行所に談判するも、相手されず、吉田東洋に面会が叶っても受け入れてもらえません。途方にくれた弥太郎は、深夜、奉行所の門に、錆びきった刀で、落書きをするくだりです。奉行所の門に刀で刻む弥太郎に向かって、龍馬は、「弥太郎、おまんは、自分のことを頭がいいとか、世渡り上手じゃとか言ちょったが、それは、勘違いじゃぞ。おまんは、不器用な男じゃ。」怒った弥太郎は、「そんなら、聞くがのう。龍馬、おまんはなんじゃ。俺の家族になんの関わりもないのに、吉田東洋に手打ちにされそうになってまで、なんで、わしに、付き合うのじゃ。」そこで龍馬は力強く、ゆっくりと、「...おまんが、帰ってきたきや。はれんばかりの強い想いで、江戸まで行ったのに、岩崎弥太郎は、お父上のために帰ってきた。あの時のおまんの、血と泥にまみれた姿を見たとき、...わしは、(胸に手を押し当て)震えがきたぜよ。」弥太郎は、少し涙ぐみながら、「...なんちゅう、つまらん理由じゃ。聞いて損したわ。」(ライバル視している龍馬に、弥太郎は、こういう時、素直な気持ちを言えません。でも、かなり、影響を受けている模様。)さて、翌朝、奉行所の門に記されて文字。「官以賄賂成 獄因愛憎決」(官は、賄賂をもって、よし。獄は愛憎によって決す。)当然のごとく、弥太郎は投獄されます。牢の中で、弥太郎が叫びます。「みちょれ!龍馬!か、な、ら、ず、ここから、はいあがって、みせるぜよ!」

香川照之さんの弥太郎役は、非常に癖のあるキャラクターで、演技力の点では、ある意味、主人公の福山雅治さんの龍馬役を圧倒してます。その香川照之さんが、実は弥太郎は、福山さんに重なるとコメントされている興味深い記事が載ってました。
http://www9.nhk.or.jp/ryomaden/topics/06_interview/02.html
「原始時代、人が危機に陥ったとき、生き残る可能性が最も高い行動を選択できるように仕組まれた指令が「感情のプログラム」です。危険に遭遇すると、体は出血や激しい運動に備えます。思考も素早く単純な決断をする(それしかできない)ようになり、感情は予定した行動(例えば逃げる、戦うなど)を続けられるような気持ちにさせます。感情とは、体と心を一体にして危機に対処させるための緊急指令だったのです。」(誠 BIZ.IDより引用)    続いて、なぜ感情に「表情」が必要なのか説明されてます。猛獣と戦う時、人間は複数の人間と協力して戦う。そのためには、コミュニケーションとして、(表情も含めた)ボディランゲージが必要だったとのこと。さて、現代ですが、わかりやすい天敵がいるわけでもなく、不確かな不安があるばかりです。だから、仕事を進めるにあたって、感情的になることはよしとされていません。従って、一旦、忍耐の忍で、ぐっと感情を抑えることを要求されているわけです。この状態が続くと、自分の抑えた感情が次第にわからなくなっていきます。自分と対峙する時間をきちんと作って、本当は何が納得いかないのか整理し、できれば大人の会話で、きちんと相手にわかってもらう努力も、相手のためにも自分のためにも、大事だと感じてます。

誠 BIZ.ID
http://bizmakoto.jp/bizid/articles/0606/29/news004.html
バンクーバーでの、国母選手のユニホーム問題について、フジミキ兄弟が、語っておられました。「ユニホームは一番乱れが許されにくい洋服なのは事実だろう。しかしながら、今回の問題は、ドレスコードの問題があったにせよ小さな問題で、日本全体がヒステリックに目くじらを立てすぎているように思う。....それよりも、政治家の金銭感覚や支援組織の裏金問題などに表れている規律やけじめの欠如の方を私は憂えます。」と兄の藤巻健史氏。「もし普通の格好でオリンピック入りして、メダルを取って腰パンで帰国したらどうだったか。彼を支持する声、理解する声はガ然、多かったに違いない。見せ方はファッションだけではない。」と弟の藤巻幸夫氏。(朝日新聞 beより引用)    私も、ヒップホップでレゲエ風なファッションは、ユニホームにミスマッチだと思いました。何事も結果をだせば、人は一目おくようになるのは事実ですので、それまでは外見も大切です。しかし、どこまでが許せる範囲かと言われると社会常識だと考えますが、その社会常識も世相を反映するので難しいものです。(私の職場でも、年々、服装は厳しくなってきてます。)