「人間は、現実と希望とのギャップに常に苦しむものだとブッダは説いた。人には生存への欲求があり、世の中が自分にとって都合の良い状態であることを願っている。しかしその願いがかなわないと知る時、人は正常な判断力を失い、「あの人は私に意地悪をしている」などと、根拠なく思いこむことがある。」(100分で名著より引用)    職場での人間関係でも、身内や友人の間でも、不穏な空気がよぎり、人間不信に陥ることは、しばしばあることです。さて、どうようにすれば、このような苦しみから解放されるでしょうか。ブッダの「真の言葉」を中心に以下、列記します。

うらみの連鎖
自分の心が生み出す苦しみの代表的なものが、うらみ。
最初は小さな原因だったのに、増幅して、大きくなる。

「うらみを抱く人たちの中で、私はうらみを抱くことなく安楽に生きよう。
 うらみを抱く人たちの中で、うらみを抱くことなく暮らしていこう。」
「うらみ」などの煩悩を起こさない状況に自分の環境を整えていくこと。

1951年サンフランシスコ講和会議にて、セイロンのジャヤワルデネ氏は、こう言いました。
「我が国は、日本に対して賠償を求めようとは思いません。なぜなら、我々はブッダの言葉を信じているからです。」
憎しみは憎しみによっては、止まず。ただ愛によってのみ止む。

「この世では、うらみがうらみによって鎮まることは、絶対にありえない。
うらみは、うらみを捨てる事によって鎮まる。これが永遠の真理である。」
もちろん、責任の所在や謝罪を明らかにした上であることを付け加えておきます。

煩悩の汚れの極みを「無明(むみょう)」と言う。
この世の有様を正しくみることができない状態。
本来、なんでもない些細な喧嘩等が、私たちはいろいろなことを考えて、
しいては、敵対行為にみえてくる。(ねじ曲げて考えている。) →無明

無明とは自分勝手に解釈して、正しく見ることができないこと。
「愚かな者が自分が愚かであると自覚するなら、彼はそのことによって賢者となる。
 自分を賢いと考えるなら、そういう者こそが、愚か者と言われる。」

私たちは、皆、煩悩を持っている。だから、本質的に愚かな考え方をする。
しかし、愚かと自覚した時、無明から解放される。

ブッダは、どのようにして悟りを開いたのか。
断食等の様々な苦行により、生死をさまよったブッダは、苦行では悟りは得られないと知った。そこで、山を降り、村娘のスジャータから乳粥の施しを受け、健康を取り戻す。その後、菩提樹の下で、目覚めた人となった。体を痛めつけても、煩悩は消えない。心の中に努力の方向をむけなければならない。

うらみから、離れるには、ブッダの教えは、一歩、一歩である。
毎日少しずつ自分の心をトレーニングすること。
自分を俯瞰し、客観的にみること。

100分で名著
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/05_dhammapada/index.html
「泣かないで。」というから、余計に、抑えきれなくなる。

その、つまらないプライドさえ、踏みつけられ、傷ついて、
なにも持たずに、空に向かって、ただ、のびている。

そんな時、あなたが、言う。
「今日が、悲しむから、今のままで、いいの。」

そうだね。
誰がなにを言っても、もう、驚かなくていいんだよ。
そうしたら、もっと、もっと、自由になれるから。
「監督に『ノーカントリー』のジョエル、イーサン・コーエン、製作総指揮にスティーヴン・スピルバーグという豪華タッグで映画化したヒューマンドラマ。ある少女が2人の男と共に、父親殺しの犯人を追う復讐(ふくしゅう)劇を描く。ジェフ・ブリッジス、マット・デイモン、ジョシュ・ブローリンのいずれ劣らぬ名優に加えて、少女の役には長編映画初出演となるヘイリー・スタインフェルドを抜てき。コーエン兄弟らしい独特の味わいのドラマに期待したい。」(YAHOO!映画より引用)     ジョン・ウェイン主演の『勇気ある追跡』をリメイクした、2010年の作品です。監督と脚本で思わず手に取る人も多いのではないでしょうか。期待を裏切らない内容になっており、古き良きアメンリカン・スピリットを感じさせてくれます。14歳の少女、マティ役にヘイリー・スタインフェルド。その気丈さは、大人顔負けであり、この映画の全体を引き締めてます。保安官のコグバーン役にジェフ・ブリッジスの渋い演技、テキサスレンジャーのラビーフ役に久しぶりに観たマット・デイモン、仇役のチェイニー役にジョシュ・ブローリン。外見は悪党ですが、意外なほど普通の人間という設定も現実感としていい味になってます。ストーリーは単純明快です。しかし、追跡する3人の心のありようは、トゥルー・グリット(真の勇気)かどうか常に試されていて、心が揺れ動く様が、見事に伝わってきます。
「死の谷を歩もうとも、私は恐れない。」

YAHOO!映画
http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tydt/id338090/

オフィシャル・サイト
http://www.truegrit.jp/
心の中と関係なく、今日の空は、雲一つなく、真っ青だ。
どんなに求めようとして、得られなくても、まぶしいほどの青い空。
それでも、ぼくは、何かにしがみつくより、
この青空の下で、風に吹かれていたいと思う。
今回の「100分で名著」は、ブッダの「真理のことば」を解説されてました。ここで述べれていることは、すべての人に当てはまる話ではないとのことでした。つまり、苦しみを自覚した人にだけ役に立つ考え方です。治すことができなくても、病気(災難)を抱えながらも、しっかりと生きていく道はあると説いてます。しかし、現代は、日本の国自体が病気に陥っているのではないでしょうか。だから、このような考え方は、誰にとっても無縁ではないのです。

今から、2500年前に、ゴータマ・シッダールタは、王族という恵まれた環境で生まれた。しかし、成長するにつれ、生老病死が自分の身にもおきることに気づき、29歳で出家。修行と思索の末、35歳で菩提樹の木の下でブッダ(目覚めた人)となりました。

さて、以下「真理のことば」の内容です。

突然訪れる不幸に、どのように向き合えばよいのか
そのヒントとは、

苦しみには、二つある。
・避けがたい苦しみ  →震災等
・自ら生み出す苦しみ

カターチャーラの話
夫と子供を亡くし正気を失うほどの失望の中にいるカターチャーラ。天涯孤独となってしまいました。ブッダはカターチャーラに言います。
「案ずることはありません。この生死の輪廻において、あなたのように子供を亡くして嘆き悲しむ人々の涙は四大海の水より多いのです。」
生き方を変えよと説きます。

「発生と消滅があることを理解せずに百年生きるよりも、発生と消滅の原則を見通しながら、一日生きる方がすぐれている。」(すぐれているとは、安楽の道があるという意味。)
 →諸行無常:「永遠に変わらずに存在するものはない。」
「苦しみ」をしっかりと受け止めて、苦しみと感じないほどの自分に変えていくこと。

諸行無常を知って、生きよ。
「世の中は、自分の思いとは関係なく、常に移り変わるため、苦しみが生まれる。」

「仏と法と僧に帰依する者は、四つの聖なる真理、すなわち「苦」と「苦の発生原因」と「苦の超越」と「苦の終息へとつながる八つの聖なる道」とを正しい知恵によって知る。

苦しみを苦しみと感ずることが、煩悩。

正しい知恵とは、
煩悩に支配された日常のものの考え方を是正していくこと。そして、本当の世の中の有様を正しくみえた時に我々は多くの苦しみから解放される。
「日常の中で正しく見ることをトレーニングする。」

家=自我の世界
家とは虚構、誤った自我意識
家は探してもみつからない。
「私」という世界は、ないことに気がついたことで「苦しみ」が消える。
 →釈迦が到達した境地。
つまり、自分中心の世界から苦しみは生まれてくる。

苦しみと感じないほどの自分に変えることは、かなりハードルが高そうです。私は、頭では理解できても、実行し維持し続けることはちょっと無理だと思いました。私が高齢になって、このような心境になれるとよいですが。...次回も、また観たら紹介します。

100分で名著
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/05_dhammapada/index.html