名言で、言葉を楽しむのは、こころを豊かにすると思います。いくつか並べてみます。

「人生には三つのものがあればいい。希望と勇気とサムマネー。」(チャールズ・チャップリン)
この言葉は、希望や勇気を失いそうになるから、心に響くのでしょうか。確かにお金は生きていくのに必要です。または、生きるのに、それほどたくさんのものを必要としないとも解釈できます。

「望みをもちましょう。でも、望みは多すぎてはいけません。」(モーツァルト)
日頃、不平不満ばかり言っている私なのですが、出来たところまでで、十分ではないかと心が穏やかになる言葉です。

「愚か者も、その愚かさにしがみついていると、やがて賢くなる。」(ウィリアム・ブレイク)
趣味など実利の伴わないもので、楽しみをみつける、それは、第三者にとっては、愚かにみえることがあるかもしれません。しかし、その楽しみが生きる豊かさに繋がることがある、そう思います。

「愛するということは、我らが互いに見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることだ。」(サン・テグジュペリ)
男女の愛ほど言葉にすればするほど、ナンセンスなのかもしれません。でも、長続きに必要なのは、似たような価値感をお互いに持っている、そういうことなのだと思います。

「卵を割らないで、オムレツは作れない。」(ことわざ)
自分の殻を破らないと、次のステップにはいけないと解釈してみました。
君が、いきなり、転んだ。
僕はあわてて、手を差し伸べようとした。
君は、目も合わさず、僕の手を振り払った。
それは、君の強さかもしれないが、
僕は、自分が転んで誰かに助けを求めているように、
切なくも寂しかった。
「まるで、そこにあるかのように細密に描かれた超写実絵画。女性の柔らかな髪の一本一本、皮をむいて少し時間の経ったレモンのかすかな湿り気、写真と見間違うほどの超写実絵画に今、注目が集まっている。番組では第一人者、野田弘志さん(74)の制作現場に密着。北海道の人里離れた山中で暮らし、1日の大半を黙々と画を描くことに費やす。」(日曜美術館より引用)     私たちは、被写体を写真に残すという便利な方法を知っています。にも関わらず、超写実絵画に求められているものとは、何なのでしょうか。野田弘志氏の作品と一緒に、対象となるものの見方が紹介されてました。

原点にして究極 →存在そのものの本質を求めて、対象の本質に迫る。

現実のものを超えてしまった美、それは、命を吹き込んでいるもの。

相当、機微のある人の存在というのは、美という中途半端なものではない。

存在と死というものは、一番、本質的なもの。

骨を描くことについて
 →人は死んでも、存在は残る。そのことを描き続ける。
ここが、超写実絵画を理解するのに、言い得てるところだと思いました。(普通は、人は死んでも、存在が残るとするならば、後に残された人々の心の中に、その概念として残るものだと思うのです。)

画家の心を揺さぶる何かが描かれることが、写実。

日曜美術館
http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2011/0508/index.html
「まあ、死ぬまで自信なんかないほうがいいと思う。自信がなくてもいいんだ。もしくは、ないほうがいい。自信がないから人間は努力するし、行動もする。自信がないから本も読むし、勉強もする。自信がないから、人に会ってみたいと思う。」(藤巻幸夫氏、BizCOLLEGEより引用)     若い頃の自信のなさとは違って、歳を重ねてくると、今までできてたことが困難になってくる、そういう不安というものがあります。例えば記憶力、集中力、体力といったことなのですが、この不安感を自信のなさに置き換えると、もっと、ポジティブに物事を考えられそうな気がします。


BizCOLLEGE
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20110825/281769/?P=1
録画していた番組からです。「余命1か月だとしたら、あなたはどう過ごしたいですか・・・?末期がんなどで治療が難しいと告げられた患者が、最期の日々を過ごす場所・ホスピス。鳥取の住宅地にある「野の花診療所」は、院長の徳永進のユニークな実践から、全国にその名を知られるホスピスだ。徳永のモットーは、死期が近づいた患者に、思うがままに過ごしてもらうこと。」(NHK、爆問学問より引用)    私も含め誰しもいつかは終わりくるのは、間違いない訳で、そこに向かって日々進んでいるとも、言えます。私も、平均寿命から考えてみると、思った以上に残りが多くないことに気づかされます。さて、番組からですが、死を目の前にして、残された時間で、以外にも、あたり前の事を、やってみたいという人が多いとのことです。歩きなれたあの道を歩いてみたい等。

そして、気づく人々の想い。

「たとえ、病気が治らなくても、人生が終わったわけではない。」

「あたり前の日常が、こんなにも大切だった。」

医者として、「やってもらいたいことがわからないと、つい、でしゃばって失敗するが、でも、そこから糸口がみつかることもある。」 →「誤りの道に、花が咲く。」

「臓器が、がんになっても、その臓器が命をささえてくれてる。」
 →「死をもたらすものによってのみ、支えられてる。」

爆問学問
http://www.nhk.or.jp/bakumon/previous/20110519.html