「銀河鉄道の夜」は、宮沢賢治の宗教観として理解する上でも、興味深い作品であり、このブログでも、過去、紹介したかもしれませんが、今一度、再考してみたいと思います。以下、原文の一部と、「銀河鉄道の夜」を翻訳してきた作家、ロジャー・パルバース氏の解説です。
「「ぼくは、もうすっかり、天の野原に来た。」とジョバンニは言いました。ごとごと、その小さな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や三角点の青白い微光の中を、どこまでもどこまでもと走っていくのでした。」
悲しい物語だけど、希望と光に満ちた物語。
想像力によって心を解放できる。それがジョバンニの切符。
(どこまでも、どこまでも、行ける切符。)
その切符は、皆が、持っている。
物語のラストシーンで、友達を助けようとしてカンパネルラは川に
溺れて亡くなる。 →カンパネルラには実在の人物がいた。
それは、自分のことを最も理解してくれた最愛の妹、トシ。
永訣の朝
「今のうちにとおくにいってしまうわたくしの妹よ。
みぞれがふって、おもてはへんにあかるいのだ。
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
はげしいはげしい熱やあえぎのあいだから、おまえはわたくしに
たのんだ。
銀河や太陽、気圏などとよばれるせかいの、それから
おちた雪のさいごのひとわんを...」
妹のトシの死をどう受け止めるか、生と死についての物語。
大事な大事な人がいなくなった時、どうしたら、その悲しみを
乗り越えられるか。どうしたら前向きになれるか。そういうことを
教えてくれる作品。
辛い現実にあって、想像力によって心はどこまでもはばたける。
宮沢賢治にとって銀河鉄道の夜はファンタジーではない。現実そのもの
と思えばわかりやすい。
100分de名著
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/08_giovanni/index.html#box01
「「ぼくは、もうすっかり、天の野原に来た。」とジョバンニは言いました。ごとごと、その小さな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や三角点の青白い微光の中を、どこまでもどこまでもと走っていくのでした。」
悲しい物語だけど、希望と光に満ちた物語。
想像力によって心を解放できる。それがジョバンニの切符。
(どこまでも、どこまでも、行ける切符。)
その切符は、皆が、持っている。
物語のラストシーンで、友達を助けようとしてカンパネルラは川に
溺れて亡くなる。 →カンパネルラには実在の人物がいた。
それは、自分のことを最も理解してくれた最愛の妹、トシ。
永訣の朝
「今のうちにとおくにいってしまうわたくしの妹よ。
みぞれがふって、おもてはへんにあかるいのだ。
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
はげしいはげしい熱やあえぎのあいだから、おまえはわたくしに
たのんだ。
銀河や太陽、気圏などとよばれるせかいの、それから
おちた雪のさいごのひとわんを...」
妹のトシの死をどう受け止めるか、生と死についての物語。
大事な大事な人がいなくなった時、どうしたら、その悲しみを
乗り越えられるか。どうしたら前向きになれるか。そういうことを
教えてくれる作品。
辛い現実にあって、想像力によって心はどこまでもはばたける。
宮沢賢治にとって銀河鉄道の夜はファンタジーではない。現実そのもの
と思えばわかりやすい。
100分de名著
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/08_giovanni/index.html#box01