伊右衛門CM(台所/HOT篇)は、宮沢りえさんの演技が素晴らしいです。このお茶、本当に心がこもっておいしそうです。
「飲む人のことをおもうて、丁寧にいれたら、一層、おいしゅうなるんです。」
「お茶、はいりましたえ。」
(体が冷えている時、こう言われて、お茶をいただきたいです。)

サントリー伊右衛門「広告紹介」
http://www.suntory.co.jp/softdrink/iemon/cm/index.html
来生たかおの「夢の途中」は、私のカラオケの定番なのですが、昨日の日曜に買い物をしていると「セーラー服と機関銃」が流れているので、懐かしかったです。星泉という方が歌っているらしい。調べると星泉=長澤まさみさんとの事。
「さよならは別れの言葉じゃなくて、再び会うための遠い約束」
「スーツケースいっぱいに詰め込んだ、希望という名の重い荷物を。君は軽々ときっと持ち上げて笑顔をみせるだろう。」って、かみしめたくなる歌詞がてんこ盛りなのです。久しぶりに聞いて感動。
「セーラー服と機関銃」といえば、薬師丸ひろ子さん、『ALWAYS 三丁目の夕日』で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞されたそうです。肝っ玉かあさん役、ほんとに好演技でした。

星 泉(ほしいづみ) / セーラー服と機関銃 の試聴とダウンロード
http://listen.jp/store/album_vicl36172.htm
薬師丸ひろ子さんインタビュー(YOMIURI ONLINE)
http://osaka.yomiuri.co.jp/miseru/mi60222a.htm
映画にでてくる数学者のキャラクターは、生きる事が不器用だったり、身体的ハンディを背負っていたりと天才肌の弱さが魅力になっているようです。
有名なのはラッセル・クロウ主演の「ビューティフルマインド」です。これは、本当にお勧めです。ストーリーの先を一切、知らないで観る事が絶対条件です。
最近では、「プルーフ・オブ・マイ・ライフ」ですが、これはヘビィで観ててしんどかったです。複雑な人間の感情に触れたい方は、お勧めです。後、邦画で「博士が愛した数式」は、文部科学省推薦と言いたくなるほど、毒のない映画で、数学の面白さに触れたい方は、お勧めです。でも、妙に哲学的なセリフが多いのです。いくつか列記してみます。「永遠の真実は目にみえない。心でみるのだ。」「自然に身を任せて、ひととき、ひとときを生き抜く」

「博士が愛した数式」オフィシャルサイト
http://www.hakase-movie.com/
「プルーフ・オブ・マイ・ライフ」オフィシャルサイト
http://c.gyao.jp/movie/proofofmylife/
「ビューティフルマインド」YAHOO!映画
http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail?ty=mv&id=237033
「ペコちゃんが誕生したのと同じ1950年、大阪・道頓堀に道化姿の「くいだおれ太郎」が登場した。飲食店の開店に当たってシンボルがほしいと創業者が考え、文楽人形師に動く人形の製造を注文した。それから20年後の70年、名古屋に日本ケンタッキーフライドチキン(KFC)の1号店がオープンした。客寄せのために置いたのが、白いひげの「カーネル立像」である。創業者カーネル・サンダース氏の60歳の姿だ。日本で誕生し、日本だけに広まった。本場アメリカには見られない現象である。 他にも薬局のゾウやカエル、眼鏡店の桃太郎など、気がつけば日本列島は人形だらけだ。人形は時代とともに表情を変え、これからも生き続けるだろう」(asahi.comより引用)  カーネルおじさんは、日本だけとは知りませんでした。この記事では「招き猫や福助人形のような、幸福を招くまじない人形の現代的な展開」と説明されています。店頭人形は、日本文化なのでしょうか。(ペコちゃんも、懐かしいです。いつも会っていたペコちゃんも、街の再開発でいなくなってしまいました。)

asahi.com
http://www.be.asahi.com/20061111/W24/20061030TBEH0025A.html」
「ぼくは、飛行船が、ずっと、ずっと、欲しくてたまらなかったんだ。「ありがとう、は。」と母親がうながした。その瞬間、また息が詰まった。喉がきゅっとしぼんで、舌がこわばった。顎の付け根がひきつったように痛くなった。両親の笑顔が曇ったのを、見た。少年は包みを両手でタンスの角に叩きつけた。なにかが割れる音がした。母親が悲鳴をあげて、妹をかばって抱き寄せた。もう一度、叩きつけた。中腰になった父親が手を伸ばして止めようとした。少年はその手をかわして、包みをタンスの角に叩きつけた。力任せに、何度も、何度も、泣きながら何度も....。」(重松 清 「きよしこ」より)  この本を読んで、私が小さかった頃の記憶がよみがえりました。料理をしていた母に、たまたま、ぶつかったのか、母にやけどをさせてしまったのです。「あやまりなさい。」という母の強い口調に、私は硬直して、言葉が口からでなかったのです。言いようのない自分に対する歯がゆさと心の中に激しい嵐が吹いていたという点で共感してしまいました。(今でも、母は思い出した時、言います。おまえは、あの時、なぜ素直に謝らなかったのかと。)