今日は、お墓の掃除とお参りをしてきました。それまでは、良かったのですが、次女がサンタさんが、本体(ニンテンドーDS)のないソフトをプレゼントしたと言い出したので、その後が大変でした。(サンタさんは、品切れの商品まではプレゼントできなかった様です。)(私はサンタの役でなかったので、この時、知ったのも、まづかった。汗;)ビックカメラも、ヨドバシも、在庫なし。緊急出荷を待つのみと店員も、つれないのです。頼みのインターネットで検索するとYAHOOショピングで販売している業者を発見。こんな状況だから、高値なのだとは思ったのですが、注文しちゃいました。私はゲームに興味がないので、注文した後、商品名のニンテンドーDSの後ろにLiteとついていたので急に心配に。娘に聞くと大丈夫だとの事で一安心。夕方近くに近くのダイエーで、帰省してくる親戚の子供たちの暇つぶしにと安い玩具を大人買いしてると、わかりにくい場所にゲーム屋さんを発見。思わず目はニンテンドーDSがあるかないかに。少し安値でありそうな雰囲気だったので、残念でした。(YAHOOショピングで、クレジットで即、支払い済みだったので、もう時既に遅しです。)
今日も、家族の中でのコミュニェーション不足を実感。でも、これが現実であり、私の努力の範囲を超えているのです。(こんな事でも、起きないと反抗期の娘と話す機会がないのですからね。)
ちょっと日差しがでてきたので、寒いと思いながらも、愛犬dyen(寒がりなチワワ)を連れて散歩にでました。いつもの散歩道を歩いていると急に日が陰ってきて、寒い寒い。いつもの公園には、6歳と4歳ぐらいの子供が二人、遊んでました。公園内を散歩してると、子供たちが寄ってきて、dyenを触ろうとするので、私は「カブって噛むからね。あぶないんだよっ。」と言いました。(dyenは、恐がりで、防衛反応からか噛もうとするので。)そしたら、小さいほうの子が、「何歳?」とか「名前は?」とか聞くのです。私が「名前ねぇ。」という間もなく、小さいほうの子が、「チワワでしょ?」(それは犬種だよといっちゃだめです。)「そう、よく知ってるね。」と私が言うと「僕、すぐわかったんだよ。」ととても、満足そうでした。dyenがいると子供たちとも、仲良くなれるのです。

P.S. 今日は、車に殻の灯油缶を三つ積んで、ガソリンスタンドに、ガソリンを入れに。(ついでに洗車も。)それから、高齢の父がまた入院したので、見舞いに。それからレンタルビデオを何本か借りて。(ついでにドラッグ関連の買い物も)それから、dyenの散歩、それからできてない年賀状をとあわただしい一日でした。
もう、これ以上、先にゆけないと、心は力がつきるように叫ぶ。
かじかんだ手も、そのままに、冷たい北風に逆らうこともなく。
だから、君はそっとしておいてくれればそれでいい。
もう、これ以上、先にゆけないので、心をゆらさないで欲しい。
静寂の中に、この身をゆだね、桃源郷のような世界に流れていく。
だから、君はもう何もする必要はないのだ。
トップランナーネタより、写真家の本城直季氏です。実際の風景をミニチュアのジオラマのように撮る写真が今、大人気だそうです。特殊な機材で撮影された作品は、現実感から離れて、絵画の世界に近いように感じました。ご本人は、「写真は思いを伝える手段でり、テーマが明確でないと撮れない。」と言われてました。ロケハンして、当日も、アングルまで決めても、後はシャターチャンスをひたすら待つというスタイル。まさに瞬間をとらえるに相応しいプロの技です。

以下から作品の一部が見れます。
http://www.stairaug.com/ARTIST/honjo.shtml
http://www.laune-life.com/life/culture/art/0410/11.html
「シャツのおなかのところに、黒い染みがあった。違う。それはサイペンの文字だった。NEVER GIVE UP-あまり上手くない筆記体で書いてある。あきらめるな、と書いてある。...大野が頭を下げたままだったので、少年が、シャツをスポーツバッグに入れ直した。ネバー、ギブ、アップ、心の中でつぶやいた。ネバー、ギブ、アップ、と繰り返して、ファスナーを閉めた。」(重松清「交差点」より引用)  少年の頃の切なく甘味な、そして鋭い感性が光る文章です。私は、懐かしさの記憶から呼び戻す事はできても、新たに感ずる事はない感性です。でも、確かに私が少年の頃、持ち合わせていた感性なのです。 「少年は大人になった。学校の先生にはなれなかったが。お話を書く仕事に就いた。『きよしこの夜』の歌詞の正しい意味も知り、悲しい思い出の顔ぶれもすっかり入れ替わった。」(重松清「きよしこ」のあとがきより引用)  「きよしこ」は、『きよしこの夜』の歌詞に戻っていったのでしょうか。私の心の中にも、「きよしこ」のような存在があって、支えてくれていると思うのです。(きよしこは、11/16のココロのカテゴリーにも掲載してます。)