「一人でいると、悩んでしまう。一人で生きているようで、そうではないのだ。」

人間の起源を遡っていくと、20万年にもなるとのことです。それから6万年前までずっと、ホモ・サピエンスは、アフリカにのみ生きていたのですが、人口の増加とともに世界(特にヨーロッパ)へと生活の場を広げていきます。4万2000年前になるとホモ・サピエンスと知能の変わらないネアンデルタール人が出現します。腕力で勝るネアンデルタール人がホモ・サピエンスに追い込まれていきます。なぜなのか。単独行動だったネアンデルタール人に対して、集団で行動するホモ・サピエンスは、お互いのやりとりの中で、武器等の発明が促進され優位にたったのだと説明されてました。9000年前になると、さらにホモ・サピエンスの人口が増加しつづけ、もうフロンティアはなくなり、やがて、お互いに生活の場を求めて、争うようになりました。
さて、人間が作れるネットワークは、何人ぐらいが最適でしょう。番組では15人程度と紹介されてました。

ヒューマン、なぜ人間になれたのか。
http://www.nhk.or.jp/special/onair/120122.html
さて、テーマ、武士道の最終回です。武士道に流れているのは、自己犠牲の精神だといいます。私は、そのことに共感できても、行動でしめすまでには、随分な乖離を感じてしまいます。以下、番組の内容の列記です。


260年間続いていた徳川幕府の崩壊とともに、武士階級も消滅。しかし、武士道は、明治維新後も、原動力となった。
「劣等国と見下されることを容認できない名誉の感覚。-それこそがもっとも、強い動機であった。財政や産業上の考慮は、改革の過程において、後から目覚めたのである。」 →富国強兵

武士道の長所:
克己とは、・・・自分の感情を抑えて悲しみや苦しみを耐え忍ぶ。他人に自分の感情をみせない。
 →日本人の自己抑制。理念に自分を捧げる精神。
 →東日本大震災の時も、その姿がみれた。 →”静かなる威厳”

武士道の短所:
過度の名誉心。 →恥の気持ちが強くなる。日本的恥ずかしがりと完璧主義。
→行き過ぎた美徳は、悪徳になる。

なぜ、今、武士道なのか。
日本社会全体として、自分の小さな幸せの中に閉じこもって、あまり、リスクをとりたくないという気持ちが強くなってきている。 →失われた20年。

戦後、軍国主義と結びついて、マイナスイメージがあった武士道だが...
現在、もう一度見直してみようとする機運が高まってきた。
→日本人のアイデンティティを、もう一度、取り戻したい。

「完全に全滅することが、武士道の運命ではありえない。その光と栄誉はその廃墟を越えて、長く生きのびるだろう。その象徴とする花のように、西方からの風に散った後も、なお、人生を豊かにするその香りで、人類を祝福するだろう。」

100分de名著
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/10_bushido/index.html#box04
ぼくは、ぼくを失望させてばかり、
自信がなくて、何も手がつかなくなる。

それでも、君は、いつも、何もなかったように、
話かけてくるのが、救いだ。

今日は、朝から冷たい雨が、降り続く。
こんなにブルーなのも、
そんな、天気のせいなのだと思う。
私たちは、それが良いこととか、良くないこととかという話ではなく、幼い頃から自然に武士道に通じる道を身につけてしまっているものだと感じることがあります。これは日本人としての誇りでもあり、弱点であるのかもしれません。以下、番組の内容の列記です。

世界からみた日本人の「おそろしくおかしな」行為とは

1.いきすぎた礼儀正しさ
→ あるアメリカの宣教師が、日傘もささずに日本の夏の暑さに閉口していた。向こうから日傘をさした日本人の紳士がやってきた。すると、なぜか、その紳士は暑いのに、日傘をたたんでしまい、挨拶をはじめた。 →自分だけ日傘をさしているのは、相手に気の毒だという思い。
「礼は、私たちが、泣く者とともに泣き、喜ぶ者とともに喜ぶことを要求する。」

自分の感情を相手に、そのまま、ぶつけてはいけない。
→ 自分の感情を顔色にだしてはならない。

2.謙遜しすぎる日本人
相手にプレゼントを渡す時に、「ほんのつまらないものですが。」と言う。
相手が素晴らしい人だから、自分が素晴らしいものを贈ると考えるのがアメリカ人。
相手が素晴らしい人だから、相手にとって見劣りするものを贈ると考える日本人。
→ 名誉を重んじる日本人は、その裏にある恥、つまり世間に対して恥をかいてはならないということを重視した。

3.日本人の謎の微笑み
「顔で笑って、心で泣く。」

勇気と礼の二つの徳が日本人のストイックな性質を生み出した。

「私たちにあって、笑いは逆境によって乱された心の平衡を回復しようとする努力を隠す幕だからである。それは、悲しみや怒りの均衡をとるためのものである。」
心の平安を守るために、日本人は耐えることを学んだ。忍耐を徳としたのだ。
新渡戸は、日本人はどんな民族にも劣らぬほど優しいのだとまとめている。

100分de名著
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/10_bushido/index.html#box03
武士の生き様は、現代の価値感からすると、かなり違和感を感ずるかもしれません。しかし、今の私たちの社会に、予想外にも生き続けているのです。以下、番組の内容の列記です。


鎌倉時代以降に、しきたりとなった切腹は、世界を驚かせた。
キリスト教徒にとって、自殺は、最大の罪。
しかし、新渡戸は、切腹をけっして野蛮な風習ではないと説いた。

「切腹は、法律ならびに礼法上の制度だった。...
 武士が罪をつぐない、過ちを詫び、恥を免れ、友を救い、
 自分の誠実を証明する行為だった。」
そして、戦士としての度量を示すものであった。

しかし、問題もあった。
「命は廉価だった。それは世間の名誉の基準で測っても、安いものだった。」
(「武士道」より)として、死ぬことで簡単に手に入る名誉を批判した。

「死を軽んずるのは勇気の行為である。
 しかし、生が死より、さらに怖ろしい場合には、
 あえて生きることが真の勇気である。」

誰か一人が切腹し、皆の命が免れる。つまり武士道は、自己犠牲の精神だった。
この切腹の観念は、日本の社会に根づいているのでは。
→ 個より組織を重んじる心。
  家族をある程度、犠牲にしても、会社に忠義をつくす。
この観念が、今までの日本を支えてきたのかもしれない。


100分de名著
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/10_bushido/index.html#box02