「学校に無理難題を突きつける保護者は、教育現場では「モンスターペアレント」と呼ばれる。指導力不足や不祥事を起こす教員など公教育への不信感が背景にはあるが、一方でこうした保護者の存在も教育現場を委縮させている。...前週に配ったプリントを子どもが親に渡し忘れていたのに「本当に配ったのか」と非難される。後にランドセルの奥からプリントが発見されると「先生の指導が悪い。おかげでうちの子の課題提出が遅れた」と逆ギレされた。東京都中央区の公立小学校教員(36)は「保護者に全く信用されていない」と嘆く。...こうした保護者が増えた背景には教育への不信感があるが、それだけではないようだ。都内のある公立小学校の校長(58)は「消費社会の中で、親の意識が『学校とともに子どもを育(はぐく)むパートナー』から『サービスの受益者』に変わり、顧客満足度が学校評価の物差しになった。その上、以前は地域で子育てする中でわが子の位置を自然に把握できたが、今は近所付き合いもなく自分の子しか眼中にない親が増えた」と分析する。」(東京新聞より引用)    このような事象は、特別ではなく、事の大小はあるでしょうが、かなり頻繁に起きてるとの事です。学校は教育の場だけでなく子供のしつけ、さらにできてない親の対応までせざるおえないという厳しい現実があるのです。今の学校の必要とされているリスク管理は高まるばかりです。
(道徳教育は、親から行う必要がありそうです。ひと事ではないのですが。)

東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/CK2007070102028640.html
ソフトバンクの「ホワイト家族24」の宣伝、インパクトありますね。兄貴が黒人で、父親はとうとう犬です。家族における父親の力関係の比喩ととらえると情けなさを通り越して、ただ笑うのみです。これ、YAHOO!のトップページでかなり頻度でみれます。なぜか最後まで見てしまうのです。「すべての事には理由がある。」というセリフ、やっぱり面白い。

予想外な家族? 白戸家の人々(ムービー、見れます。)
http://mb.softbank.jp/mb/special/TheWhites/cm.html#f_gallery
トップランナーネタより、彫刻家の棚田康司氏です。「2005年に岡本太郎記念現代芸術大賞展で特別賞を受賞した棚田氏の作品は、どれも厳しい現代社会に懸命に立ち向かおうとする少年、少女の姿を生き生きと描き出している。作品は1本の丸太の中から全身が切り出される一木造りという手法で生まれる。そこには、森羅万象に魂を見いだす日本人ならではの感性が感じられる。1体を彫り出すのに2カ月もの時間を費やすという。」(starcatチャネルガイドより引用)   材木家でピンとくる木を探してきて、デッサンは直接、木に行うとの事です。次にチェンソーで大方の形にし、ひたすら彫る作業へ。10のうち9は、だらだらとした苦しみが続き、ぱっとフォーカスがあたる瞬間があるそうです。「形を堀りあてた」と表現されてました。

starcatチャネルガイド
http://tv.starcat.co.jp/channel/tvprogram/0442200706022300.html
Art Yuran
http://www.art-yuran.jp/2005/10/o_junyou_or_it_bea3.html
 ↓
P.S. 「立ち上がる少年」像。
2004年9月1日、学校の始業式の日に突然起こった悲劇、ベスラン学校占拠事件。
ロシアの北オセチア共和国、ベスラン第一中等学校で起きたテロで350人以上が死亡(うち186人は子ども)した大惨事。多国籍の武装集団に銃で脅され、頭上に爆弾をしかけられたこの時、犯人グループに立ち上がって抗議した少年(13歳の少年ハッサン・ルバエフ君)がいた。結局彼はその場で銃殺されてしまったが、テレビで見ていた棚田氏は「なんだこれは」と思ったという。
「久間防衛相(衆院長崎2区)は30日、千葉県柏市の麗沢大学で講演し、1945年8月に米軍が日本に原爆を投下したことについて「原爆を落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今、しょうがないなと思っている」と述べた。原爆投下を正当化する発言とも受け取られかねず、野党が久間氏の罷免を求める動きを見せるなど波紋が広がっている。」(asahi.com(6/30))より引用)
「長崎市の田上富久市長が同日午前、久間氏に抗議するため防衛省を訪れた。田上市長は「発言は被爆者の心情を踏みにじるものとして、多くの批判が噴出しており、被爆地長崎としては決して看過できない。いかなる理由があろうとも(核兵器の)使用は許されないということを深く認識され、核兵器廃絶に取り組むことを要請する」という要請書を手渡した。吉原孝長崎市議会議長も2日に採択された意見書を手渡した。.......久間防衛相=衆院長崎2区選出=は3日午後、首相官邸で安倍首相に会い、講演で米国による広島、長崎への原爆投下を「しょうがない」と発言した責任をとり、辞任する考えを伝え、首相も了承した。」(asahi.com(7/3)より引用)
「「九州弁ですぐ口癖で出るんですよ」と弁明し、「今さら言ってみたってしょうがないなって、ぽろっと最後に出た」と、講演で「しょうがない」を使った事情を自ら説明した。」(asahi.com(7/3)より引用)    公の場でのうっかり発言が、あいも変わらず多いです。公私を使う分けるのが、大人の常識だと思うですが。いろいろな考え方はあっていいのですが、誤解を与えてはまずい発言は確かにあります。でも、九州弁だと墓穴を掘るところを見ると、そういう方なのですね。

asahi.com(7/3)
http://www.asahi.com/politics/update/0703/TKY200707030120.html
asahi.com(6/30)
http://www.asahi.com/politics/update/0630/TKY200706300263.html
火曜の朝、出社すると、電子掲示板に訃報が入っていた。
なんとなく見ると、先週も、顔を会わせて、手を振り合った私の
同期の友人が。...月曜に亡くなった知らせだった。私は、とても
受け入れる事ができず、しばらく狼狽する自分であった。
彼は、私よりも3つ年下であり、奥さんも、2人の娘さんも居られた。
当日(火曜)の夕方に会社を早退して、彼の通夜に出席した。
日曜に緊急手術で、月曜の午後2時に、息をひきとったとの事。
あまりに急な突然の死に、意味もなく涙が止まらなかった。
言いたい事も伝える時間もなく、旅立っていったであろう彼。
そして、気丈に参列者にお辞儀をされていた家族の方々の
痛々しい姿が目に焼きついて、家路に着いても頭の中を回っていた。
このような事は滅多に起こる事ではない。
でも、いとも簡単に命がつきる事がある事を、痛いほど実感した。
亡くなった彼のしぐさが思い出され、今でも悲しみがつきない。

(当日、書き込む事をためらう状態でしたが、やっと、ここに記録しておく
気持ちになりました。)