「多くの心臓外科医たちが、天野を「日本一丁寧な手技を行う」と評価する。実は天野の持ち味は、当たり前のことを愚直に突き詰めるその姿勢にある。...通常のバイパス手術では、血流が80%回復すれば成功といわれるが、天野のそれは、ほぼ100%の流れを生み出す。単に生き延びるための手術ではない。“生きる喜びを、取り戻す”こと。」(プロフェッショナルより引用)     天皇陛下の執刀医として脚光を浴びた天野先生ですが、けっしてエリートコースを歩んでこられたわけではない、たたきあげの努力の方です。

崖っぷちの状態でとった最善の一手。
心臓のバイパス手術は、腕ひとつの世界。

患者さんに対するメッセージ
「一途に、一心に。」
「常に、ばかがつくぐらい、実直にやってますよ。」

うまくいくための必然性をつくる。
→ そのためには、徹底的な検証を行う。

おちこぼれからの出発。
父との、果たせなかった約束。


プロフェッショナル
http://www.nhk.or.jp/professional/2012/0514/index.html
さて、ハンバートハンバートの2曲目の紹介です。愛する人が亡くなった、そして、その人に語りかけていると解釈するのが、自然だと思うのですが、タイトルが痛いですね。その世界に、すっぽりはまると涙もでないほどの切なさにおそわれます。でも、語り口の優しさに救われます。

「どこにいるの? 窓のそばにいるよ
 何をしてるの? 何にもしてないよ
 そばにおいでよ 今行くから待って
 話をしよう   いいよ、まず君から
 ....

 どこにいるの? となりの部屋にいるよ
 何をしてるの? 手紙を書いてるの
 そばにおいでよ でももう行かなくちゃ
 話をしよう   ...

 それから 君は僕を見つめ
 それから 泣きながらわらった」

(作詞、作曲:佐藤良成)

おなじ話、聴けます。
http://www.youtube.com/watch?v=fN7ggb0686c&feature=related
罪の味、こちらも、いけてます。
http://www.youtube.com/watch?v=EK5dp394IPo&feature=related
東京でのお昼時は、どの店もお客さんで満杯であり、久しぶりに地方からでてきた私にとっては、閉口する。大通りから裏道に回っても、人、人。少しゆっくり本でも読みながら、昼食をとろうというのは贅沢なことなのかもしれない。...しばらく、歩き回って、席が空いている店をみつける。サンドウィッチとホットコーヒーを注文している間に、年配のおばさんに、その席を先に取られてしまった。店内を見渡すと、階段があることに気づき二階に登ってみる。登った目の先に、一カ所だけ席が空いていた。人の通り道にあるような席だが、選んでる余地などない。でも、椅子と机とをセットで確保できたので、本を開いて食事ができるのだ。汗を拭い、カバンから単行本をとりだした。...   「「人間の悲惨を知らずに、神をのみ知ることは、傲慢をひき起こす。」これは、たしか、パスカルの言葉だったと思うが、僕は今まで、自分の悲惨さを知らなかった。ただ神の星だけを知っていた。その星を欲しいと思っていた。それでは、いつか必ず、幻滅の苦杯を嘗めるわけだ。人間のみじめ。食べる事ばかりを考えている。兄さんが、いつか、お金にならない小説なんか、つまらぬ、と言っていたが、それは人間の素直な言葉で、それを一図に、兄さんの堕落として非難しようとした僕は、間違っていたのかも知れない。...「物質的な鎖と束縛とを甘受せよ。我は今、精神的な束縛からのみ汝を解き放つのである。」これだ、これだ。みじめな生活のしっぽを、ひきずりながら、それでも救いはあるはずだ。...いつも明日のパンのことを心配しながらキリストについて歩いていた弟子達だって、ついには聖者になれたのだ。僕の努力も、これから全然、新規まき直しだ。」(太宰治、「正義と微笑み」より引用。)     単行本を閉じて店を出た時、通りがすっかり濡れており、ひと雨後の涼やかな風が吹いていた。
社会にでれば、机上の学問だけが、学びではないと気づく訳ですが、よりよく生きるために必要なものはすべて学びだと捉えると、まずは以下のような点を認識することからはじめてみましょうか。以下、朝日新聞からの引用です。

第一は、自分自身に対する不完全感。
 自分は非力でまだまだ、多くのものが欠けている。だから、その欠如を埋めなくてはならないという気持ちが大切。

第二は、その欠如を埋めてくれるメンター(助言者)を探し当てる能力。
 メンターは身近な人でも、本や映画の中でもいい。自分を一歩先に連れていってくれる人はすべて、大切なメンター。

第三は、オープンマインドを持つこと。素直な気持ちといってもいい。
1年半ぶりとなる久しぶりの東京出張である今日は、飛行機が苦手な私とって、いつになく憂鬱だった。それでも、重い腰を上げて搭乗手続きを済まして搭乗した。羽田行きの便は、平日の昼過ぎだったからか、飛行機の搭乗率は、あらかたみても50%にも達してなく、私が座った席の3列シートは、私以外には誰も座っていなかった。また、明日は天候が荒れ模様なることが予想されていて、すでに、上空における窓の情景は、ほとんど雲ばかりで、地上の世界を見渡すことは難しかった。そこで、墜落の恐怖心をなくすためには、何か楽しいことを見つけ熱中することが一番よいのだ。私はコンパクトデジカメを取り出し窓に固定し、青空とその下に広がる真っ白な雲の世界を何枚か撮っていた。そうしていたら、キャビンアテンダントの女性が近づいてくる。私は、てっきり機内での撮影を制止されるのかとびくついた。「うまく、撮れましたでしょうか?」とキャビンアテンダントの女性。私はすぐに「こんなのが、撮れました。」とカメラのモニタで、撮ったものをみせた。空と雲の写真を見せると、「わぁ、私もこういうの、すきなんです。」とその女性は言って私と目があった。つぶらなパッチリとした目元が、私の心に焼き付いた。私は、すっかり嬉しくなり、ホットコーヒーを注文した。そうしたら、「有料になってまして。...」ときたので、すかさず、手前のポケットの事前に見ていたメニューのスタバのコーヒーを指した。そして「ホットコーヒー、それにミルクをつけてください。」と添えた。しばらくすると、その女性がやってきて「どうぞ、多めに入れました-。」などと言う。ますます私は上機嫌となっていたようで、「あ、ありがとうございます。」となぜか緊張気味に答えた。もちろん、このコーヒーの味がいつになく格別であったことは言うまでもない。またしばらくして、その女性は、はがきを2枚を持ってきて、「良かったら、使ってください。」と言う。絵柄は787だったが、ここで、ちょっとしたサプライズがあった。2枚のうちの1枚に、なにやらペン筆で次のように書かれていたのだ。「先ほどは、コーヒーをご購入頂き、ありがとうございます♪上空からの景色はお楽しみ頂けましたか?私も空が、とても大好きです!!! また、お待ちしてます。」私は感激し、そのはがきを眺めては、しばし余韻に酔った。

(このショートショートは、99%ノンフィクションです。)