「【ワシントン=増満浩志】銀河の重力の影響で、遠方にある別の二つの銀河の放つ光が曲げられ、二重の輪に見える写真を、ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した。欧州宇宙機関が10日、発表した。遠方の銀河が輪の形に見える現象は「アインシュタイン・リング」と呼ばれ、その銀河から地球までの間に別の銀河がある場合に観測される。」(YOMIURI ONLINEより引用)   どのように見える現象なのか、記事から読み取ることは、できません。単純に「アインシュタイン・リング」という名前に惹かれました。何しろ60億光年という単位ですから、目に見えているリングは、60億光年前に放った光である訳です。
話は変わりますが、アルベルト・アインシュタイン氏に関する、全く角度の違う記事がリンクされてました。 「彼が“愛の人”であることは、強制的に国家が民衆を引っ張る「全体主義」を毛嫌いしたことからもうかがえます。「世界政府」を作らなければ人間は平和にならない、愛に目覚めないと世界は救われないと訴えました。」(YOMIURI ONLINEより引用)   こちらは、究極の理想主義です。ジョン・レノンが、イマジンで表現したような「世界がひとつになれば」という平和を想像する事は、笑って済まされる程、底の浅いものではないと信じたいです。(そう言えば、16日、インド洋における補給支援特別措置法の実施計画が閣議決定されました。)

YOMIURI ONLINE
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20080111i404.htm
YOMIURI ONLINE
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/niigata/kikaku/109/3.htm?from=goo
「1994年ヒマラヤ、チョー・オユー(8201メートル)の難ルートを無酸素単独で初登攀に成功、世界最強と称された山野井泰史さん(42)、そして、妻の妙子さん(51)。2002年秋、二人はヒマラヤの高峰ギャチュンカン(7952メートル)に挑戦した。下山途中、雪崩に襲われた二人は、生死の境をさまよいながら、奇跡の生還を果たした。しかし、凍傷で泰史さんは10本、妙子さんは18本もの手足の指を失い、クライマーとして致命的なダメージを負った。それから5年、二人は残った身体機能を使い、リハビリとトレーニングを続けながら、クライミングへの夢を追い続けてきた。」(NHKスペシャルより引用)   手足の指を失っても、登山家であり続ける夫婦のドキュメンタリーを見ました。何がそうさせるのかは、「そこに山があるから」でしょうか。それとも、生きていると実感する瞬間を得るためでしょうか。お二人の表情は、厳しい自然で鍛えられた者だけがもつ、まさしく傷だらけの挑戦者の表情でした。北極圏・グリーンランドにある、高さ1300メートルの未踏の大岩壁の稜線へ、後、一歩で抜けられるという場面で、夫の体力の限界を察知した奥さんが「もう止めなよ」と話しかけて、この話は終わります。この潔さも、プロなのかと感じさせました。

NHKスペシャル
http://www.nhk.or.jp/special/onair/080107.html
発明王トーマス・エジソンの有名な言葉に、
「天才とは1%のひらめきと99%の努力の賜物である。」とう格言がありますが、もうひとつの語録も、なかなかポジティブです。
「私は実験において失敗など一度たりともしていない。これでは電球は光らないという発見を今までに2万回してきたのだ。」
エジソンが言ったから説得力があるのですけどね。
ある記事に、「「選択」とは「選ぶこと」と「捨てること」が同時に成立することであり、「決断」とは字のごとく「決めること」と「断ち切ること」です。」という文面が目に止まりました。職業の選択など人生の大きな節目もあるでしょうが、日々のちょっとした選択でも、心の中で「断ち切る」けじめをつける事によって、後悔という無駄なエネルギーを使う事なく、もっと前向きに先に進めることができるのではないでしょうか。煮え切らない気持ちは、断ち切りたいものです。(自問自答してます。)
「なつかしさに ぼんやりバスを降りた
 橋の上、霧雨の水銀燈

 探しはしないと誓った
 忘れた日はなかった
 まつげにとまった光が
 ふるえて 見えない

 歩きだせば 追い越すヘッドライト
 長い影 生まれては消えてゆく」

(作詞・作曲 松任谷由実 「霧雨で見えない」より引用)

まだ、私が長期出張で、客先とビジネスホテルとの往復の缶詰生活をしていた頃、乾いた心が、この曲で癒されたものです。急に思い出した曲。麗美というシンガーが歌ってました。他にも「ノーサイド」、「青春のリグレット」、「星のクライマー」等、ユーミンがここまで関わったのも、今となっては、あの頃の懐かしい貴重な曲たちです。