篠山紀信氏が亡くなって、巷では激写と言う言葉が追悼として語られることが多くなった🤔
デジタルの様にナンボ撮っても実質無料ではなく、フィルムと現像するのにお金が言った時代に活躍した写真家だから激写は、お金の掛かる行為だった🤭
それを篠山氏が最も容易く成し遂げていたのが、錬金術師の異名たる鬼神の凄さである😊
日芸時代の同級生だった沢渡氏が日本デザインセンターにいて、篠山氏がライトパブリシティで競い合っていた頃から、篠山氏の写真にたいする粘着性は半端なく正しく時代と寝た男と言われていた😆
篠山氏が日芸在籍の学生の頃からライトへ写真を売り込みに行ったのは、有名で当時のアートディレクターの早崎氏から、余り金の話しばかりしたら写真が卑しくなりますよと将来を看破された話しは業界の語り草となり、それでも怯まなく激写し続けた篠山氏のせいで、沢渡氏は日本デザインセンターに紹介したと言う逸話がある😄
同じ女を撮り続けた篠山氏と沢渡氏だが、その作家としての作品は大きく違って、我々写真フリークのみならず大衆全般を魅力していった😄