今から800年前に鎌倉幕府が作られましたが武士の支配が浸透したのはその頃で慈円僧正がむさの世になったと書いてからと言われている保元の乱が経緯とされています。
武士は自分だけで支配することは実力不足と見て天皇に征夷大将軍に任命されることで政治的権力を得ました。天皇を滅ぼすことは考えなかったのです。
足利氏は室町幕府、秀吉は関白、家康は江戸幕府といずれも天皇からの任命形式です。形式的には天皇がtopで天皇から征夷大将軍乃至は関白として任命される政権の形を取っています。
帝国議会においても天皇からの任命と言う形式は変わらず、現在の大臣も天皇からの認証が行われています。天皇の権威を使った政治という形式は日本にずっと継続されています。
終戦後アメリカは日本を統治する際この形式を生かし軍部を廃止する方向を選択しました。それで現在の憲法は帝国憲法のごく一部を改訂する形式に留まっています。
皇室典範の改正もごく一部に留まっており現在の情勢では無理が生じています。たった一人の天皇になってからでは遅く今手を打たなければ間に合わないでしょう。もっと危機意識を持つべきではないかと心配しています。