後醍醐天皇は足利尊氏、新田義貞、楠正成を擁して北条氏が運営してきた鎌倉幕府を滅ぼしますが足利尊氏が反旗を翻して北朝を擁立し征夷大将軍となり室町幕府を起こします。
南北朝の時代が始まり後醍醐天皇は厳しい時期を過ごしました。京都ではそのような経緯から足利尊氏は時代祭に最近まで登場しませんでした。
3代将軍義満、8代将軍義政の北山文化、東山文化は現在の京都の文化の一部を形成していて評価されます。又、尊氏も夢窓礎石の意見を入れて後醍醐天皇の菩提を弔う天龍寺を創建しています。
今でも京都の人が語る程の大きな影響があった応仁の乱は義政の継嗣問題に端を発していますが長期的に見て足利幕府の衰退に繋がっていると見られます。
この頃の天皇方と幕府方の関係はどんなものだったのでしょうか。続く。