今年は明治維新から150年の節目に当たる年です。
今年の残りが少くなる今の時期にこんなテーマを取り上げるのは遅いのですが、京都文化博物館では今年9月のごく短い期間でしたが「信長上洛450年」と題しその当時のく古文書を多く展示しました。
従来信長は新しい秩序を作る目的で旧体制を破壊する人物と見られてきましたがこの展覧会では信長の実態を明らかにしていたようです。
信長は混乱していた室町幕府の三好一党を畿内から一掃し岐阜にやってきて信長と面談した義昭の依頼を受け入れ上洛し義昭を15代将軍にし彼は征夷大将軍となります。
その後槙島の戦いで義昭を京都から追放し京都を平安にします。
信長は決して旧体制を破壊しようとしたのではなく正親町天皇の意思を尊重して畿内の秩序を回復しようとしていたことが文書で明らかになっています。
明治天皇が維新後すぐに信長を建勲神社に祀ったのはこういう意味で時代祭に信長公上洛列が設けられたのはその線だったようです。
織田信長を正しく理解することは様々な分野に影響を与えそうです。私にとって今までの理解を構成しなおす良い機会になりそうです。