聖徳太子が大阪の四天王寺を建立する際に材を求めて歩いたときに現在の六角堂頂法寺の場所でお連れしていた像が動かなくなりここに安置することになったのだそうです。
その後池坊が代々ここで華道を行って今に至っています。
特に初代専好は秀吉の眼にとまり立華を大成したと言われているので時代考証的に合っている作品です。
専好と秀吉と利休は確かに接点があったでしょうしこの人たちの厳しい軋轢を茶道ではなく華道で描く視点はビジュアルと言う点で映画向きですし「京都的」だと考えます。
祇園祭の時も話題になる六角堂頂法寺ですが「町堂的存在」としても「池坊のフランチャイズ」としても意味があるのですね。