1940年ごろ、朝鮮半島北部鴨緑江がいったん北に流れその後日本海に流れ落ちることから、川を堰き止め大きなエネルギーを得る目的で水豊ダムが作られたとのことです。(ダムの施工は間組と西松建設)
琵琶湖の半分の面積の人造湖が作られ当時の水力発電所としてはアメリカのTVAに次ぐ世界2位とのことです。
ここで得る電力は70万KWHで東芝が10万KWHの発電機を7基設置しました。内5基は戦後ソ連に簒奪され他の発電所に設置されています。電力の多くは朝鮮窒素興南工場に向かい一大化学コンビナートが稼働していたそうです。そのためダムは朝鮮窒素が資金負担しています。この会社の野口さんと言う方はすごいです。
現在興南工場ではビナロンが作られているそうですが、ビニロンの発明者の一人李升基氏は戦後京大から韓国に行き朝鮮戦争後北朝鮮に行ったそうでこの工場でのビニロン生産に当たったのでしょう。
この地区には多くの水力発電所が作られ、電気は朝鮮及び満州に送られました。朝鮮半島ではむしろ北にレベルの高い工業があったわけです。発電所は今も稼働していてこの発電所が北朝鮮の国旗にも出ているそうです。
当時多くの日本人従業員が従事していて、家族を含めた多くの日本人が8月の終戦後、非常に厳しい状況の中、38度線まで歩いて逃げ、多くの方がなくなったそうです。
私が思うにダムなどの構造物の耐用年数は65年。現在は各ダムと発電所が寿命を迎える時期で、おそらく北朝鮮からは、間組と西松建設に補修の依頼が来るものと予想します。特に堆積する土砂の廃棄をしていないのは問題でしょう。補修自体も相当困難ではないでしょうか。
今まで私は水豊ダムのことはほとんど知りませんでしたが、日本との関係が大いにあること、この一連の設備を通じて北朝鮮の経済が今後どうなるかに大いに関係があると感じています。