今では、釣り堀と言っても皆さんにはぴんと来なくなったでしょう。
それに、麻布の釣り堀と言ったらなおさら信じていただけないでしょうが、あるのです。
朝は寒く、お昼から陽が差し暖かくなったこの日、釣り堀に行ってみました。
本当に嫌なことがあった時、中国の人はただ時間を過ごすために、考えるために、あるいは、あきらめるために、釣り糸を垂れたのだと思います。私も何だかわからなくなり、本当に久しぶりにここに来ました。
本当に静かに、ゆっくりできたと思います。誰にも教えられない場所です。かえって魚が私を慰めてくれたような気がします・・・・・・