フエラーリ創業者を記念してイタリアイモラ市に作られたコース。GPの名前はサンマリノGPとして2006年までF1が開催された。
セナが事故死したタンブレロコーナーではそれまでに多くの事故が起きている。直線コースから迎えるゆるやかなカーブのため、ドライバーはスピードを落とさずに入る高速コーナーで、車に様々な負荷がかかり、事故が起きると言われている。
タンブレロの次のコーナーでは、1980年にフランス系カナダ人、ビルヌーブが高速クラッシュを起こし死亡して以後ビルヌーブコーナーと名づけられた。ここでセナの亡くなる前日、ラッテェンベルガーがクラッシュを起こし、死亡している。セナの友人で彼は非常に落胆していたとのことです。
その後、改修が検討されたが、前の画像でわかるとおり、タンブレロのすぐ後ろに大きな川が流れており、結局、コーナーはシケイン化され、ビルヌーブもシケイン化された。それほど危険なコースだったのだと思う。
コースの幅が狭いこと、2つのコーナーがシケイン化されたこと、元々、F1は一国一会場が原則で、ここはサンマリノGPと言いながらイタリアのイモラだったことから、2007年以降F1開催されていない。
タンブレロの横には、今、アイルトンセナのモニュメントが作られており、台の上に座っているセナの銅像は哀感がただよっている。ミラノから近いので、お立ちよりください。
セナの車が撮っている最後の周回映像と、IMOLAで起きた3つのFATALな事故映像をお送りします。