昨年WEBマガジンをスタートさせたことで、相当長い間ここのブログが手つかず状態のままだった。ブログの利用の仕方を考えあぐねていたが、一般受けするテーマではなかったり、WEBマガジンの特集ともテーマが合わない話はたくさんある。自分が書きたいこと、取り上げたいことを、自分のペースで、自分のリズムで書けるという場はやはり必要だなと思う。今回ワールドカップ開催中は、試合分析やゲーム内のポイント、興味深かったシーンについて、ここで取り上げていきたい。更新頻度は正直まちまちになるだろう。今週から来季から指導するフライブルガーFCのU16が本格的に始動する。そちらの準備で気持ちも時間も取られることが大いに予想される。だから、ここに書くことがストレスにならないように、むしろここで書きたいことを書くことを楽しめるようにやれたらと思っている。

 

 開催国ロシアがサウジアラビアに5-0で大勝という派手な開幕戦のあとも、各グループで興味深い試合が続いている。ここまでのところ優勝候補とされている国々は軒並み苦戦している。フランスは幸運もあり、オーストラリアに何とか勝利したが、スペインはポルトガルに3-3で引き分け、アルゼンチンもアイスランドに苦しめられて引き分けどまり。そして昨日はドイツがメキシコに負けた。

 

 W杯の開幕戦でドイツが敗れたのは82年大会以来となる。地元紙では「恥ずかしい敗戦」「今後に不安」という内容の記事が多く、大会前の「本番になれば大丈夫」という楽観ムードは一気に吹っ飛んだ様相だ。確かにドイツは「前大会王者」として納得させられるものは見せられなかった。昨日一緒に試合を観戦していた友人らも「今日のドイツは全然良くなかった。簡単にボールを失い、何度もカウンターからピンチをうけた。チャンスらしいチャンスも少なかったし」とがっかり。

 

 ではなぜ彼らはパフォーマンスを発揮することができなかったのだろうか。

 

 最大の要因はメキシコの対策にある。代表監督ヨアヒム・レーフ自身が試合後に「メキシコはこちらが予想していたのと違うやり方でやってきた」と驚いたように、入念に練り上げられた対ドイツの策略で先手を取り、試合の流れをコントロールすることに成功した。

 

 ドイツはボールを保持すると高いポジションを取る。それは「攻撃的な気持ちを忘れずに、常にアグレッシブに相手を押し込んで、試合の主導権を握り続ける」という基本哲学からきているものだ。ビルドアップ時には右サイドのワイドはのポジションはキミッヒが一人でケアし、左サイドにはクロースが流れ、CBとゲームメイクを担う。左SBのヘクターは高い位置を取り、左MFのドラクスラーとのポジションチェンジをしながら、サイドとセンターの間にあるハーフスペースで起点を作る。トップ下のエジルは相手ボランチ脇の死角にタイミングよく流れてパスを受け、攻撃のスイッチを入れる。空いたスペースにはケディラがボールを持ち込み、相手守備を動かす。ミュラーはミュラー。流れを読む独特の感覚を生かしながら、ゴールに直結するポジショニングを探し続け、CFベルナーが常に裏スペースに顔を出して相手守備を引きはがす。

 

 ボアテング、フンメルス、クロースは近くの選手とのパス交換だけではなく、ボールを動かしながら縦へのパスコースを常に狙う。ドラクスラー、ミュラー、エジルらは相手守備から離れる起点の動きを繰り返しながら、ほかの選手にパスが入った時にすぐサポートに動ける距離感を壊さない。タイミングよく縦パスが入るとそこからダイレクトパスを織り交ぜたコンビネーションでスペースを攻略。もらいに来る選手、裏に抜けていく選手が連続の動きを見せていく。

 

 センターのスペースを消されたら、サイドで起点作りだ。特にキミッヒのアクションバリエーションは大きな強み。ワイドに開いたときにそこから相手SB裏のスペースが取れる時はダイレクトでパスを流す。狙いどころの一つであるこのエリアには、攻撃的選手が常に意識して流れ込む。相手がブロックを築いているときは、まず例えばエジルがサイドへダイアゴナルに走りこみ、相手の気を引き付け、それと交差するように中のスペースに顔を出すミュラーへパスを入れる。そこからサイドのエジル、あるいは前に上がってきたクロースやケディラへのパス、もしくは中に入ってきたキミッヒを使って、シュートに持ち込ませることもある。そこで動きを作ってから、あるいはそうした動きを飛ばしてのキミッヒのシンプルなクロスも怖さがある。精度が高いパスはそれだけで一つの武器だ。

 

 左サイドのヘクターは所属クラブでボランチでもプレーしていることもあり、ハーフスペースに入りこんでのプレーが得意だ。大外をドラクスラーに任せて裏のスペースに抜け出したり、ペナルティエリア内でパスを受けたり、ドラクスラーが中に入りこめば、外に回り込んで相手を揺さぶったりと、状況に応じたプレー選択ができる。

 

 メキシコはこうしたドイツの狙いをことごとくつぶしていった。第一にクロースへのマーク。トップ下で起用されたベラがクロースへ密着。ベラがいけないときでも必ず誰かがマークに行く。特に前半、クロースを経由しての攻撃がほとんどなかったほどに徹底していた。フンメルスサイサイドの守備を強化し、そこからの縦パスを封じた点も大きい。試合から遠ざかっていたボアテングは普段であれば鋭い縦パスを通して攻撃でも大きな貢献をするが、この試合では時折見せるライナー性のサイドチェンジ以外うまく絡むことができなかった。なぜここまでパスコースができなかったのか。

 

 マークをする際、教科書通りであれば相手選手の後ろにつくことがセオリーとされている。だがそうすると足元へのパスを防ぐことができない。ドイツ代表レベルの選手であれば、足元に一度収めたら、そこから周りの選手を使って前へとボールを運ぶことができる。だからこそ、足元にもパスを入れられてはいけない。メキシコはボールサイドにスライドしながら、パスをもらおうとする相手の前後を挟み込めるように守った。サイドチェンジを許さないように相手ボールホルダーにプレスをかけ、マンマークとゾーンを使い分けながら局地戦で優位に戦う。だからパスもなかなか出せないし、出してもインターセプトに会うことが多い。

 

 ただ、中盤での守備を強化し、それを連続してやっていくためには相当の運動量とバランス感覚が必要だ。それぞれがクオリティを損ねることなく、普段の1,5倍は走らなければならない。そして中盤での守備を機能させるためには、余裕をもって攻撃できないように常にボールホルダーにへとすぐ距離を詰めていくことが必須条件になる。前述のクロースへのマンマークもそうだし、サイドへのパスコースを開けておきながら、キミッヒやプラッテンハルトにパスが出ると、メキシコ選手はすぐにケアした。パスの出しどころのないキミッヒが二人に囲まれて苦しむシーンが何度もあった。メキシコは自分たちの持つスピードと運動量をベースに、それをさらに研ぎ澄ませていった。

 

 カウンターの切れ味も素晴らしかった。この点でいえばハビエル・エルナンデスのポジショニングが何より大きな違いを生み出した。ボール奪取の瞬間これ以上ないタイミングでこれ以上ないコースに顔を出し、正確でスピードを殺さないポストワークで何度もカウンターを生み出した。いいポジショニングとはフリーかどうかではない。味方がボールをもって顔を挙げた先に自分が見えるかどうかだ。エルナンデスにパスが入る。中盤選手がサポートに入り、落とされたボールをすぐに縦に展開する。ロツァーノはゴールを決めただけではなく、左サイドから何度も猛威を振るった。パススピードは常に速く、そして正確。それぞれがボールを巧みに操り、うまさを見せることもできる。でもそうした選手がみな、チームのために気合を入れて、走り、戦い、体をなげうち続けた。素晴らしいの一言。これはメキシコだけが見せた姿ではない。スイスも、アイスランドも、オーストラリアもそうだった。これがなければ何もできないというスタンダードの確かさと正しさと大切さを、まざまざと見せつけてくれた。

 

 ドイツの攻撃時のポジショニングはそもそもボールを失わないことを前提条件に考えられたものだ。失うにしても、すぐのカウンターを許さないように周りの選手がすぐにアプローチをしてボールを奪い取るか、下げさせるかして対応できなければならない。だから数的有利が作れていて、そこからギアを入れてリスクを冒してチャレンジするエリア以外での不用意なボールロストは極力避けるようにしている。すぐに相手のカウンターに直結してしまうからだ。他の国もそこがねらい目だというのはわかっている。欧州予選でもそうしたアプローチをしたチームはあった。だがボールを獲れずに逆に追い込まれてしまう。そういうサイクルを作り出すことでドイツは常に優位に試合を運んできた。

 

 だが、自分たちのリズムで戦えないとドイツといえども、普段ならあり得ないミスが出てくるものだ。ドイツ選手は守備時にあまりに安易に飛び込んでは交わされていた。足を出すだけの守備はまるで怖くない。止めるべきところで止めれず、防ぐべきコースを防げずにズルズルとラインを下げる。守備組織の再構築がスムーズにいかないので、4バックの距離と高さがばらばらで、両SBの裏スペースのみならず、フンメルスとボアテングのセンターでも基本的なミスが目立ってしまった。戦術的にみれば、CBが前に飛びだしてセンターのスペースが明けたままになるというのはあり得ない。両サイドが中に絞って対応しなければならない。ドイツ代表選手がそのことを知らないはずがない。メキシコのプレーが、ドイツに当たり前のことを当たり前にできない空気を作り出したのだ。サッカーは相手があるスポーツ。勝つためには相手を上回らなければならない。

 

 

 

 ドイツにも確かに決定機はあった。後半、マルコ・ロイスが投入されてからは活性化し、前半には全くなかったスペースをつく動き、スペースを作る動き、スペースと使う動きがみられだした。だが、どこか力を出し切れないまま終わってしまった印象だ。歯車がかみ合わないことには気づいているし、何とかかみ合わせなければと思いながらも答えが見つからず、無理やりずれているまま走り続けているようだった。

 

 メキシコは間違いなく最高のプレーをした。この試合を勝つにふさわしい試合をした。ドイツはタイトル防衛という大きな目標を成し遂げるためには、こうした「王者対策」をしてくる相手を凌駕していかなければならないのだ。次のスウェーデン、韓国戦も簡単な試合にはならない。自信と慢心をはき違えていたら、ドイツのワールドカップはあと2試合で終わるだろう。直近4大会中3大会で前回王者がグループリーグで敗れるという嫌なジンクスもある。02年フランス、10年イタリア、14年スペイン。ドイツもそうなってしまうのだろうか。あるいはここから這い上がってくるのだろうか。