天皇杯の準決勝は鹿島と川崎、決勝は鹿島と広島。
試合内容などについては正直さすがに日が経ってしまったので、あまり良く覚えていない。ので、印象に残った点などだけをまとめておこう。
☆
小笠原満。守備を頑張るようにはなっていた。1対1には強い。体の使い方は日本人の中では相当にレベルが高い。ボールコントロールもいい。声も出すようになっている。しかし世界で戦っていくにはもっと走らなければならない。自分が相手ボールホルダーに突っかけて行って守備の基点を作り、周りがそれに反応するという連動も必要。日本人プレーヤーに多く見られる点だが、自分の得意なプレーばかりを前面に出しすぎて、しなければならない、するべき仕事を人任せにしてしまうことが多い。相手を追い掛け回すのが得意なタイプと、機を見てボールを奪取するタイプの選手が組む。それは良い。でも状況によってはそれぞれが逆の役割を担わなければならない場面もあるわけだ。そうしたときにポジションが悪いにもかかわらず、自分たちの役割に依存した動きをするとチームの鎖は絡まる。守備ラインでもそう。相手に強い選手とカバーの上手い選手が組むというのはあり。でもヘディングが上手いだけでカバーができないとか、インターセプトは上手いけど相手に当たらないとかでは論外。
それと気になるのがボールウォッチャーになってしまう頻度。その時点において小笠原は絡んでいないけど、次の瞬間には危険になりそうな選手とかエリアをボーっと見てしまうことがまだまだある。相手選手が二列目からあいたスペースに抜けていくのを”大丈夫かな”と見送ることがある。上のレベルに行くとそれは確実に致命傷になる。
中村憲剛。この2試合を見た限りはベスト日本人選手(Jリーグで)。何を持って評価するか、それはファンにしても、指導者・解説者にしても大事な線引きとなる。試合の中で今何が必要で何をしなければならないのか、常に仕事を探し続ける選手としての意識レベルの高さ。ボールがあるところ、ボールに絡めるシーンでは誰でも動ける。フリーのシーンでいい仕事を出来るのはある意味当たり前。時間的、空間的プレッシャーのかかる試合において、よりいい形でボールをもてるため、あるいは持てる選手をつくるため、足を止めることなく、首を振り続け逐一変わる周りの状況を認識し、相手よりも早く動き出し、全力ダッシュで味方のボールを呼び込み、味方の動きを引き出す。そして時にリスクを犯したプレーに挑戦する。動き出しの速さを支えているのは、彼のそうした姿勢の賜物。
☆
個性をというと、人とは違う長所を生かしたプレーが際立つが求められがちになる風潮がある日本。組織をというと、周りとできる限り同じようにプレーすることが評価されがちな風潮がある日本。
個性や組織というものをそもそも一つの状態や表現で片付けようとしている時点で間違いがあるのではないか。個性というものがそれぞれの特性や性格、環境や影響によって表現されうるものであるとするならば、表される個性というものもそれこそ千差万別なはずでは。必要かどうかは別として、誰よりもボールへすばやく反応できる才能があるものがいれば、自分はひっそりとしていながら周りを生かし続ける才を持った選手もいるわけだろう。ボールを持つとすぐに前線の選手を見つけ、そこめがけてボールを送る才能を持った選手がいれば、相手をひきつけてボールを出し、またボールを貰う動きにこそ妙を見せる選手もいるわけだ。別に際立てる必要もなければ、人と比較する必要すらない。サッカーのフィールドにおいて、チームとチームメイトと絶妙で高貴なハーモニーをかもし出すためにこそ個性と組織は発揮されうるものではなければならない。
試合内容などについては正直さすがに日が経ってしまったので、あまり良く覚えていない。ので、印象に残った点などだけをまとめておこう。
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小笠原満。守備を頑張るようにはなっていた。1対1には強い。体の使い方は日本人の中では相当にレベルが高い。ボールコントロールもいい。声も出すようになっている。しかし世界で戦っていくにはもっと走らなければならない。自分が相手ボールホルダーに突っかけて行って守備の基点を作り、周りがそれに反応するという連動も必要。日本人プレーヤーに多く見られる点だが、自分の得意なプレーばかりを前面に出しすぎて、しなければならない、するべき仕事を人任せにしてしまうことが多い。相手を追い掛け回すのが得意なタイプと、機を見てボールを奪取するタイプの選手が組む。それは良い。でも状況によってはそれぞれが逆の役割を担わなければならない場面もあるわけだ。そうしたときにポジションが悪いにもかかわらず、自分たちの役割に依存した動きをするとチームの鎖は絡まる。守備ラインでもそう。相手に強い選手とカバーの上手い選手が組むというのはあり。でもヘディングが上手いだけでカバーができないとか、インターセプトは上手いけど相手に当たらないとかでは論外。
それと気になるのがボールウォッチャーになってしまう頻度。その時点において小笠原は絡んでいないけど、次の瞬間には危険になりそうな選手とかエリアをボーっと見てしまうことがまだまだある。相手選手が二列目からあいたスペースに抜けていくのを”大丈夫かな”と見送ることがある。上のレベルに行くとそれは確実に致命傷になる。
中村憲剛。この2試合を見た限りはベスト日本人選手(Jリーグで)。何を持って評価するか、それはファンにしても、指導者・解説者にしても大事な線引きとなる。試合の中で今何が必要で何をしなければならないのか、常に仕事を探し続ける選手としての意識レベルの高さ。ボールがあるところ、ボールに絡めるシーンでは誰でも動ける。フリーのシーンでいい仕事を出来るのはある意味当たり前。時間的、空間的プレッシャーのかかる試合において、よりいい形でボールをもてるため、あるいは持てる選手をつくるため、足を止めることなく、首を振り続け逐一変わる周りの状況を認識し、相手よりも早く動き出し、全力ダッシュで味方のボールを呼び込み、味方の動きを引き出す。そして時にリスクを犯したプレーに挑戦する。動き出しの速さを支えているのは、彼のそうした姿勢の賜物。
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個性をというと、人とは違う長所を生かしたプレーが際立つが求められがちになる風潮がある日本。組織をというと、周りとできる限り同じようにプレーすることが評価されがちな風潮がある日本。
個性や組織というものをそもそも一つの状態や表現で片付けようとしている時点で間違いがあるのではないか。個性というものがそれぞれの特性や性格、環境や影響によって表現されうるものであるとするならば、表される個性というものもそれこそ千差万別なはずでは。必要かどうかは別として、誰よりもボールへすばやく反応できる才能があるものがいれば、自分はひっそりとしていながら周りを生かし続ける才を持った選手もいるわけだろう。ボールを持つとすぐに前線の選手を見つけ、そこめがけてボールを送る才能を持った選手がいれば、相手をひきつけてボールを出し、またボールを貰う動きにこそ妙を見せる選手もいるわけだ。別に際立てる必要もなければ、人と比較する必要すらない。サッカーのフィールドにおいて、チームとチームメイトと絶妙で高貴なハーモニーをかもし出すためにこそ個性と組織は発揮されうるものではなければならない。