サッカーとであって13年が過ぎる。
そう僕がサッカーとであったのはJ元年だった。
華々しいフィールドでスター選手たちが華麗に舞っていた。
チケットはプラチナチケットとなり、入手が困難だった。
テレビでは毎日のようにサッカー番組が流れていた。
彼らは時代の申し子だった。
野球だけがスポーツ界を牛耳っていたあの頃、
サッカーだけが対抗馬となりえた。
年俸も野球選手に負けないくらい高騰し、
CMにもたくさんの選手が登場していた。
地域密着、という理念でスタートしたJリーグが、
気がつくとマネーゲームの沼へと沈み始めていた。
それから数年たった。
ゆがんだひずみは小さくなるどころか、大きく膨らみ続けていた。
色々なところで負債が発生し、
横浜フリューゲルスはその流れの中で羽をもがれた。
チームが破産をした。
チームが消滅した。
チームが縮小した。
これでもかというほどの悲しい話が続出したときだ。
しかしそうした負の流れの中でも、選手は、スタッフは、関係者は戦い続けた。
自らの過ちに気づいたものは、再建へと乗り出した。
自分のフィールドのために、走り続けた男達がいた。
簡単ではない、長く険しい道のりに違いない。
どこに希望の光があるのかすらわからなかったに違いない。
彼らは大好きなサッカーを裏切らなかった。
やり直せることがあるうちは戦い続ける。
やり直せることがないならば、やり直せるものを見つける。
もし見つからなければ、最初から再スタートだ。
彼らの努力は今大きな支えとなりつつある。
私は思う。
こうした努力があったから今のサッカー界はあるのだと。
今のサッカー界の充実振りは、
日本代表がワールドカップに出て、
日本でワールドカップを開催して、
色んな選手が欧州でプレーをしているためだけではない。
もちろんそれはすばらしいことだし賞賛すべきことだ。
しかし、歴史に名を残さなくとも、
土台を必死に支え、柱となってくれた人たちがいたことを忘れてはいけないのだ。
私はそうした人たちを日本にサッカー文化を広めてくれた功労者とおもう。
そして私も、そういう人でありたいと思うのだ。