タガジョーと塩がMの爪あと。
一番上の画像にいたってはワタシの実家の目の前であるw
今日は月曜日に出す、という罹災証明の写真を撮ってきた。
実家の破損部分や浸水部分を証明するもの。
その地域はまだ警察がいたるところにいて、信号の整備か・・?
と思えばブルーシートを広げているので恐らくそうではなかろう。
「まだたまに見つかる。」と言っていた。
実家の近くの、
もう5年前におばちゃんが癌で死んで、とっくに辞めた銭湯が開いていた。
ワタシの実家は良く風呂釜が壊れていたので、幼い頃、入りに行った、思い出の銭湯。
塩がM人は皆知ってるのではないか。
ライフラインが不満足な今のこの地域では、凄い行列だった。
「今まで有難う!ガンバレ塩がMA!」
というポスターが貼ってあって、
胸が苦しくなった。
実家はまぁまぁドンマイ的な空気が流れてるが、それどころではない通りもある。
何もなくなって、ホントに「終わった」感があった。
ちなみに下2枚は多賀ジョー市。
一番酷い部分は撮れなかった。
こちらも、ソニーらへんは、人の首あたりまで海水の跡が付いていた。
八幡地域は壊滅だった。
電気が不満足なため、街灯は勿論、信号もなく、
それでも譲り合いが盛んな日本、
見た感じ事故も無く、尊敬である。
実家周辺も、空き巣被害が酷い。と言っていたが、
だから何回も言うが、
殺しが起きてもおかしくない精神状態の人間が多い中で、
アッパレである。
今日の昼間は、
「出刃包丁を振り回してる男が軽自動車で暴言を吐きながら逃げた。」
とかで市内ニュースでビビッたらしいが、
そこそこ平和なもんであるわけで。
故郷を見てみて、
こりゃ「復興」とか生ぬるいもんじゃねぇな。
と思ったが、
意外と皆、被災者の方がニコニコかたずけしている。
新築の家がソックリ無くなった七ヶ浜の人なんかは、
「ローンが大変だったからセイセイした!!
半壊の人みたいに家のカタズケいらないし!!」
と、超ニコニコ前向きな。
勿論、普段通り突っ込めるワケないがな。
でも、だからこそ、こちらがメソメソグチグチ文句を垂れててはいけない。
実際、近所の人なんかに、笑顔で「こんにちわー!」
というと、皆、ワタシの心配をしてくれたり、
野菜をくれようとしてくれたり・・・。
「いつ帰ってきたの!」
「今何処に住んでたの!?」
「よかったわー」なんて言われてみたりして。
満面の笑顔である。
超元気!
もしやカラ元気なのかもしれないけど、言霊は大事である。
ワタシの実家、塩がMは、七ヶ浜に助けられた街。
七ヶ浜が無ければ、もっともっと犠牲者が増えたであろう街。
でも、その事を街の人達みんなが肝に命じていて、とても感謝している。
命が助かったのは、七ヶ浜の島が守ってくれたお陰だ、って。
ワタシの大好きな日本三景も島々のお陰で守られたが、
こうなってみるとホント、
「神がかりな奇跡」でしか説明できない事が沢山で、不思議。
何かわからないけど、
普通に生かしてくれて有難う、である。



