第23話 大激戦! やっぱり勝つなんて、む、む、無理なの〜!?

 勇者パーティーの称号持ちはそれぞれに特別な能力をチームやパーティーにもたらす。
 《聖騎士》のカガガがいると、防御力がアップする。
 《聖女》のリカエルがいると、自然回復力も魔法による回復力もアップする。
 《賢者》の†てぃふぇす†  がいると魔法の威力がアップし、魔法使用のクールタイムが短くなる。
 《義賊》の堕天皇ゼロがいると、移動速度や攻撃速度が早くなる。
 《戦乙女》のツバサ໒꒱がいると、戦闘に関する能力値が全体的に向上する。
 そして、《勇者》の勇者としひこがいると魔王などのボスクラスの敵との戦闘において能力値が全体的に向上する。
 
 レイド全員に及ぶ効果よりもパーティー内での効果は増強される。信じられないほどの補正が、レイドボスというよりも魔王に対する時には付与されるのだ。
 
 《魔皇サトラレ》に余裕を与えず、両翼の《暗黒竜アスコット》と《淫魔女帝コフレ》が魔皇から剥がされている間に、魔皇の核を剥き出しにして、停止コードのついたレーヴァンテインを叩き込む。
 レイドボスの討伐でも、敵軍団の殲滅でもない。ハッカーXのアバターである《魔皇サトラレ》を停止されることがこのレイドの目的であった。
 
 第五帝釈天に率いられた魔皇班の前衛パーティーは、ゆるりとしたスタートとは違い、すぐにトップスピードに入って魔皇に突撃していった。
 魔皇は接近する敵を感知すると時間とともに配下を召喚していくことを知っているからだ。
 可能な限りの打撃力を持って、一気に魔皇の胸甲の下にある核をむき出しにすることを目的としていた。
 
 もちろん、魔皇もすぐに配下を召喚した。
 各階層のボスほど強くはないが、通常のプレイヤーであればそこそこに手こずるくらいの強敵。身の丈4mはある醜怪な巨人トロール1体に鎧に身を包んだ豚顔で牙のあるハイオークが4体。
 トロールの棍棒は粗雑な鈍器ではあったが、その質量からして馬鹿にならない破壊力を持つ。力任せに振られたそれは石造りの建物でも容易に壁を吹き飛ばす破壊力だ。
 当たれば、である。
 
 黒丸零式が剛盾オーケンシールドでチャージをトロールに仕掛け、がっしりとトロールを組み合う形になった。振り回せなければ鈍器は怖くない。
 
 その隙にコンビを組む堀内涼(本人)が〈鋭刃〉からの〈転雷〉で難敵であるはずのハイオークをまずは1体ズタズタに切り飛ばした。
 反対側では第五帝釈天がエアレンデルを振り下ろしての〈鬼斬〉でハイオークを頭頂からかち割っていた。
 
「さすがはオフィシャルチーム!負けられん!!」
 
 バッドガイも素早い身のこなしでハイオークのランスにも似た凶悪な大きさの槍をかい潜り、忍者刀をハイオークへと突き立てる。
 
「特〈転雷〉!!」
 
 バッドガイの持つ忍刀仁王志那虎は40cm程度の直刀で、その固有スキルにより通常0.1秒間に3回の攻撃を行う〈転雷〉を5回行うという必殺技へと昇華させることができる。〈致命〉をかけた上での超〈転雷〉は5回のクリティカル攻撃を一瞬で行う反則級の技で、双剣で6回の攻撃を叩き込む堀内涼(本人)の必殺技に引けは取らない。
 
「オフィシャル様が味方だ! 最高級ポーション無限使用だからいくぜぇ!!」
 
 普段なら出し渋る最高級ポーションも、使う時間さえあればいくらでも使える分の補給は事前に受けていた。
 
「盟約に基づき炎の大精霊よ、我が敵を焼き喰らい尽くせ!〈獄炎〉!!」
 
 あぶにゃんも出し惜しみせず、火力の高い魔法でハイオークを焼く。優秀な前衛がいればこそ時間がかかる呪文の詠唱も可能だ。
 ハイオークの最後の一体にまとわりつく高火力の火系魔法がハイオークを焼失させる。 
 
「〈堅陣〉!〈聖盾〉!〈防炎〉!」

 この間、白魔導師のアリスリデルは常時発動の支援魔法を使いつつ、最高級MPポーションを全ての指間に挟み持ち、回復の発動に備えている。
 
 もちろん魔皇も黙っているはずもなく、間髪入れずに〈流星〉の魔法が放たれ、空から魔皇班を全滅させかねないとんでもない攻撃魔法が降ってきた。
 
「チッ!」
 
 舌打ちとともに白い光の弾丸が、魔皇の流星と相対するように放たれた。虹色の爆発が起こり、流星が消滅する。
 速攻で魔皇に大ダメージを与え、胸の核を剥き出しにせんとした†てぃふぇす†のビッグ・バーサが魔力の最大装填前に発射されたからであった。
 
「離れていると〈流星〉がまたくる! 距離詰めるよ!」
 
 †てぃふぇす†の指示と共に勇者パーティーとその後衛らも前に走り出した。
 
 ガガガが〈縮地〉という信じられないスピードで一気に前進する武技で、黒丸零式が押し留めていたトロールにあっという間に肉薄し強烈な一撃を叩き込む。
 ガガガが本来持つ武器はレーヴァテインではなく、相手のHPを奪い自分のHPにしたり相手のダメージを増量したりする吸血の魔剣フルンティングである。最大火力を誇る理由は戦闘能力を上げる武技とこのフルンティングによる相乗効果であった。
 しかし、その一撃でもトロールが倒れることはない。流石のHPであった。
 
「〈鬼斬〉!!」
「〈転雷〉!!」
 
 次の瞬間には第五帝釈天と堀内涼(本人)が、畳み掛けるようにトロールに襲いかかる。
 
「〈驟雷〉」
 
 一方の魔皇も地の底から響くような恐ろしい声で魔法を放つ。
 突然にトロール周辺に黄色い稲妻がにわか雨の如く降り注いだ。
 死に至るほどの強力な魔法ではないが、その場にいる全員のHPが削り取られ、四肢の動きが鈍くなった。
 “ブラックサンライズ“の魔王が使ったオリジナル魔法で、状態異常により移動速度が遅くなる効果、武器の命中精度が下がるものだ。範囲魔法のために、何気に結構苦しめられる。
 
 アリスリデルの〈域癒〉が飛ぶが、その間にも魔皇は新たな部下を2体召喚した。
 
 赤いフードを被ったヘルズエンジェルのようだった。
 その姿を見た第五帝釈天が、黒丸零式を弾き飛ばして巨大な棍棒を振るうトロールの攻撃を防ぎつつ、びっくりした顔をしたまま後方に2m後退させられていた。
 
「レッサーよ! ヘルズじゃない!」 
 
 その心情を読んでか。あぶにゃんが声を出した。ヘルズエンジェルは初期だから弱めと言いつつも、レイドボスクラスの敵だから、流石に召喚の対象にはなっていないらしい。
 それでも、呪文を使う敵の増加は厄介だった。
 防御力を伴ったスペルキャスターが3人もいては、魔法で遠距離から後衛が攻撃されるので、払うべき注意点が増え、場合によっては陣形自体を組み直さなければならない。
 
 敵の前衛を務めたトロールが強力な味方の攻撃で崩れ落ちると共に、レッサーヘルズエンジェルの〈死弾〉が飛んでくる。
 狙いは戦旗を持った《戦乙女》ツバサ໒꒱だ。
 彼女がいるとレイド全員に戦闘力強化の強力なバフがかかる。狙うのは当然といえよう。
 
 そのツバサ໒꒱の前に黒く大きな燕が飛んだように見えた。
 〈死弾〉か2発とも消失する。
 燕のように見えたのはフェリンスの持つ冷やす盾スヴァリンであった。
 
「臆せず旗を振れ! お父やんに守りは任せろ」
 
 兜の面防を下ろしたフェリンスがツバサ໒꒱への攻撃を盾で叩き落としていたのであった。
 驚くべき技量、さすがは†てぃふぇす†の守護者であった。
 つばさは父であるはずのフェリンスが、他の猛者達と同じただならぬ雰囲気を纏っているのを見て驚いた。お父やんと父しか言わない自称で言っているのだから、父で間違いはない。
 
「勇者トシヒコくんを信じろ。バッドさんとぼくで短時間だがレクチャーしている」
 
 魔皇班が魔王に向かって走り始める。
 もちろん、フェリンスに守られて、ツバサ໒꒱とすとらいかぁも一緒に。

「彼は非常に優秀だ。魔皇は倒せる!」
 
 魔皇班の皆々から飛ばせる斬撃や遠距離魔法が魔皇を襲う。
 その攻撃は魔皇の外装を削ってはいくが、致命傷には当然至らない。レイドボスは大体がHPを削っていき、倒すものだからだ。
 ただ、今回は全てのHPを削る必要などなく、鎧に当たる胸の外装に攻撃を集中して破壊し、魔皇の核を剥き出しにさえすれば良い。必然、攻撃はそこに集中する。
 
 魔皇がさらにハイオークを6体召喚して、前衛に置いた。
 
「魔王の召喚は最大24体だ。最大数に達する前に魔皇班は道を確保!」
 
 †てぃふぇす†の指示がレイドの全員に飛ぶ。
 過去のデータが頭に入っているわけだ。
 
 堀内涼(本人)が左のレッサーヘルズエンジェル、《義賊》の堕天皇ゼロが右のレッサーヘルズエンジェルと相対すらように分散し、凄まじい勢いで武技を繰り出して相手のHPを削っていく。
 その間にガガガと第五帝釈天と黒丸零式、バッドガイにリカエルが中央のハイオークの群れに強力な打撃を打ち込んでいった。
 
 †てぃふぇす†は後方からあぶにゃんと共に魔法を魔皇に打ち込み、全員が万全に戦えるようアリスリデルと少佐が白魔法や補助魔法を適切なタイミングでかけ続ける。

 魔皇がハッカーXのアバターであるとすれば、その操作はハッカーXのもの。つまりクリハンの猛者たちのような爆裂した技量は持ち得ていない。
 実際、畳み掛けられて攻撃を受ける魔皇は、そのあまりある体力と能力、そして召喚する配下によって、よく戦っていると言えた。
 素人のレベルではなく、AIの操作に負けぬ戦闘を繰り広げていると言って良い。
 
「たたみかけて!」
 
 †てぃふぇす†の言葉に、ツバサ໒꒱の後ろにいる鎗田部長のネーネもうなづいている。
 
「拡張パックの“ブラックサンライズ”は魔族の支配する魔王國の拡大を食い止め、魔王を倒す一連のシナリオ群や」
 
 その間も部長は無詠唱で周辺のものらに補助魔法をかけ続けている。その所作はクリハン素人ではなかった。それなりにやり込んだものの動きだ。
 
「その魔王は八魔将とその配下で総勢48体のレイドを組み、勇者達のレイドと最終決戦を迎える」
 
 怒涛の攻撃が《魔皇サトラレ》に叩き込まれている。周辺は攻撃陣のエフェクトで光り輝き、周辺が見えにくいくらいだった。
 
「事実上、魔王と勇者のパーティーは1対6の戦いやった。そう、ハッカーXはミスをしてる。よりによってブラックサンライズの魔王を選んだこっちゃ」
 
 ツバサ໒꒱はネーネが無限収納の懐から特殊な魔法陣を形取ったアイテムを取り出してかざすのを見た。
 
「今、この瞬間、我らは1対17で戦えて圧倒的有利やねん」
 
 魔法陣がネーネの意思を汲み取るように光り始める。魔力が注入されているのだろう。
 
「〈流星〉!!」
 
 魔皇が先ほど放った魔法は魔皇固有のスキルではない。
 プレイヤーも習得し得る最大級の攻撃魔法であった。ネーネはアイテムの使用により、それを詠唱なしで使うことができたのだ。
 
 召喚したばかりの配下に囲まれた魔皇に、流星が落ちる。
 凄まじい音を立てて配下達が吹き飛び、魔皇の外装にも亀裂が入っていた。
 
 魔皇もその衝撃に動転したのか、動きが一瞬止まる。
 そして、その隙を逃すような面子ではなかった。
 ガガガも第五帝釈天も最大の攻撃力を誇る攻撃で魔皇の胸甲に強烈な打撃を叩き込む。

 魔皇のHPはまだまだ残っていたが、弱点となる核が破壊された胸甲の下に剥き出しになった。
 もちろん、その代償は大きい。魔皇に近寄りすぎた前衛の面々は横薙ぎに放たれた魔皇の斬撃によって、大ダメージと短時間の麻痺のデバフを負いつつ、吹き飛んでいた。
 
 玉虫色に輝く核は美しいが、不気味でもあった。それは周囲のものの視線を釘付けにしてしまうような魔性の輝きを帯びている。
 今、まさに魔皇の弱点が晒されたのだ。
 
 後衛にいたツバサ໒꒱はその後の光景がまるでスローモーションで進行しているかのように見えた。 
 
 勇者トシヒコが黒い球体状の停止コードを装着したレーヴァテインを腰ダメに構えた形で、一気に魔皇の核へと飛翔していた。
 その背にはツバサ໒꒱と同じ純白の翼が羽搏く。
 
 慌てたように魔皇がさらに防御のためのゴーレムを6体召喚し守りに入ったが、その瞬間、魔皇と勇者トシヒコの間に何かが現れて、守備のゴーレムらが爆発して四散していった。
 つばさはそれがとしひこがレイヤーの違う空間に飛ばしていた撮影用のドローンであることを見てとった。
 
 高火力による一点突破を狙っていた勇者は運営を味方につけて、十分な準備をしていたのだ。
 それは攻城戦に使う爆薬を積んだ不可視のドローンによる攻撃。
 すでにあるとしひこの技術に、運営側であるネーネらが託した爆薬こそがとしひこの立案した秘策であった。
 
 邪魔するものはもう何もない。
 勇者トシヒコの終末の魔剣レーヴァテインは魔皇の心核へと突き出された。
 
「チャンスだと思ったかね?」
 
 この69階層の最終決戦では無駄口を叩いていなかったハッカーXの不気味な声が、レイドを構成する全員の耳に聞こえた。
 
 魔皇の外装の前に黒いモヤのようなものが現れてレーヴァテインは押し留められるように心核の手前で止まった。
 まるで分厚い皮に剣を突き刺したかのような感覚。
 それでも勇者トシヒコは一旦引き返すようなことはせず、その手に力を込めて剣をジリジリと黒いモヤに突き刺し進めていく。
 心核を壊すのではない。
 停止コードのついたレーヴァテインが心核に触りさえすれば、停止コードは発動するのだ。
 
 それはあと数ミリでしかない。
 
 しかし、《魔皇サトラレ》は笑った。
 その顔に亀裂が入り、外装全体がひび割れて、中から光が溢れ出てくる。
 
 その光景を見て、いつでも冷静な†てぃふぇす†が目を見開いた。
 そして、慌てた声で叫ぶ。
 
「総員、最大防御!!」
 
 次の瞬間、恐ろしいほどの黒い衝撃波で、魔皇から周辺へと階層全体へと広がる爆発が起こった。