一茶の句は『一茶俳句データベース』に拠る。

https://ohh.sisos.co.jp/cgi-bin/openhh/search.cgi

 

 

「や」「かな」「けり」が代表する切字に関して、藤田湘子は、「詠嘆」「省略」「格調」をその要素として掲げている。

これら切字は句中または句末に置かれ、直前の言葉を強く印象づける働きがあって、基本的には感動がもたらす「詠嘆」を示している。

「切字」はその印象づけによって、その後ろ部分との間に切れを生じるが、「切れ」が「切字」のみによってもたらされるかと言えば、そうではない。

猫の鈴ぼたんのあつちこつち哉 文化6年

ここでは、句末に「哉」が置かれて、ここで「切れ」るが、「猫の鈴」の後ろにも「切れ」があって、その前後に異なる世界が描かれている。この異なる世界の出会いが「配合」の手法で、人間探求派の石田波郷が大いに発展させたテクである。

霜柱俳句は切字響きけり 石田波郷

この「霜柱」を、私は密かに「看板」と呼んでいるが、ここに「何を置くか」こそが作句の醍醐味である。つまり、俳句が単なる短文の三行詩ではあり得ない理由が、この辺りにある。

 

では、この大切な「切字」の周辺を。

1.本来は無いはずの「切字」の重複

降る雪や明治は遠くなりにけり 中村草田男

同じく人間探求派と呼ばれる草田男の有名な句だが、切字「や」けり」が同時に使われている。「降る雪に明治は遠くなりにけり」と軽い切れを「に」に託す方法もありそうだが、「に」の音が2回繰り返されるので、これを嫌った気もする。

「降る雪に遠くなりたる明治かな」では白けるだけで、「なりにけり」のダイナミックな(動的な)感覚がない。

「降る雪や明治は遠くなりぬべし」としての推量では説教臭くて、その割に発見がない。

 

ちなみに、ひねくれ一茶には「べし」を使った句が40以上もある。例えば

田植歌どんな恨も尽きぬべし 文化12 たうえうた どんなうらみも つきぬべし

結婚もし、幸せの絶頂のはずが、ひねくれ一茶のひがみ根性ではあるが、「看板」俳句の典型だ。

では、いよいよ「哉」との併用

 

1-1-1.「けり」

「けり」との併用

村の厄馬につけけりおいど哉 文政7 むらのやく うまにつけけり おいどかな

季語「厄落」冬、節分。「ふぐり落とし」のまじない。「おいど」を使う句が他に無いので、「おいど」の意味がワカラナイ。一茶は句中では「尻」を「おいど」と書いていない。

万歳や馬の尻へも一祝 文化7 まんざいや うまのしりへも ひといわい

秋風や蓮生坊が馬の尻 文政3 あきかぜや れんしょうぼうが うまのしり

大馬に尻こするらゝ桜哉 文政7 おおうまに しりこするらら さくらかな

梅の月牛の尻迄見ゆる也 文化1 うめのつき うしのしりまで みゆるなり

牛馬だけでなく、人にも「尻」は「しり」

寝た人の尻の先なる蛍かな 文政5 ねたひとの しりのさきなる ほたるかな

「尻」を比喩的に使う時も「しり」

川縁や蝶を寝さする鍋の尻 文化1 かわべりや ちょうをねさする なべのしり

「家の尻」などもよく使っている。

 

笠程の花が咲けり手杵哉   文政8 かさほどの はながさきけり てきねかな

「手杵」が何故出てくるのかワカラナイが、「手杵祭」のことか。「手杵」の傍に花が咲いた、それも「笠ほどの」。「笠」は菅笠だろうから、その大きさほどの一塊、か。

下闇を小楯にとりて手杵哉 文政8 したやみを こだてにとりて てぎねかな

「木下闇」を「小楯にとる」とは、典籍にでもある話だろうか。

この年に「手杵哉」と二句もものにしているので、思い入れのある言葉なのだろうけど。

 

「かな」「けり」のヘビー級の切字の同時使用が、一茶にあるとは思いもよらなかった。十七文字が濁ってしまったような、すっきりしない感じ。ひとたび「けり」と詠嘆した後で、最後にふたたび「哉」と言われては、息苦しいだけだ。            

 

(続く)