田捨女 34) 【かな】 秋
3)らにの花かきし絵に
らにの花ちらぬを筆の匂ひ哉 秋 197
前書から、画賛の依頼に応えた後で一句をものにしたか。
「らに」は「蘭」と書いて藤袴フジバカマの異名である。「らにの花のいとおもしろきを 源氏物語 藤袴」
フジバカマとアサギマダラ
「を」は間投助詞として詠嘆かとも思ったが、哉留めなので違うようだ。しかし、意味的には捨てがたい。
白露の色は一つをいかにして秋の木の葉を千々に染むらむ 古今集
「白露の色は白一色であるのに」のような逆接条件の接続助詞とも考えたが、格助詞として、例えば「描きし」の省略と率直に読んだ。
らにの花ちらぬを描きし筆匂ふ
あるいは
らにの花ちらぬをみれば筆匂ふ
発句としては「見れば」と緩んで低級だが、気持ち的にはこっちもいい。
「筆」とは筆そのものも言うが、「筆で描いたもの」つまり筆致筆跡なども言うワケで、捨女の見ている絵が描き上がったばかりなら、「筆の匂ひ」は墨や絵の具の匂いかもしれないが、画賛を依頼するのにそんな気ぜわしいことはしないだろう。
なので句意は、画中の蘭の花すなわち藤袴の花が今を盛りと咲き誇っているのを見るにつけ、筆致は素晴らしく永遠に艶やかで枯れることもなく、お描きになった(あなた様の)絵筆の腕前もますます栄えるでしょう、と。
蘭の花散らぬを筆の匂ひ哉
4)妻にまたしかしかあハて鳴ね哉 秋 200
捨女真骨頂発揮の句で、この古風が好きだ。
「ね」は「音」で、古くは風や鐘等の比較的大きな音は「おと」、楽器、人の泣き声、鳥の鳴き声虫の声などには「ね」を用いた。
また、「音」は元来「哭ね」で泣き声のことなので、「ねなく」「ねをなく」は「泣き声を立てて泣く」の意味である。このような同義の名詞と動詞を重ねた用法では「寝を寝るいをねる」などがある。
「鳴ね」「なくね」は不自然ではないようだ。
寧楽宮
長皇子の志貴皇子と左紀宮に倶に宴せる歌
秋さらば今も見るごと妻恋ひに鹿鳴かむ山ぞ高野原の上 万葉集一84
「さらば」は「春さりくれば 一16」のように、「さる」は移動を示し、「く来」同様に去と来の区別はない。「高野原」は左紀西端の地名。秋には決まって妻恋の鹿の鳴く声。
「妻にまたしか」は「妻にまた鹿」が会いたいと鳴きかけているだろうが、。「しかしか」と音を重ねて「然然」、と相づちを打っている。意味は「そうそう」とかで、寂しい鹿が虚空へ向かって鳴く気持ちはホントよくわかると共感している。
だから、捨女は「つま」は「夫」と書きたかったはずだ。しかし、人に読まれることを前提の自筆句集に収録するに際して、きっと悩んだ末に、その露骨さを避けたのだと思う。
「あハて」は「逢はで」で「男女の契りもせずに」と、「妻」と比定しつつもストレートな吐露だ。
資料のテキストには「分かりきった事柄として、相手にされない男鹿の悲しい鳴声がむなしく聞こえてくる」と解釈しているが、そんなくだらんことは詩にする必要がない。
句意は「逢えないあなたともう一度結ばれたい。どこに恋人がいるかワカラナイ山に向かって鳴く鹿の気持ちがよくわかるわ」なのだ。
妻にまたしかしか逢はで鳴く音かな
5)きじゅう三回忌に
三秋を待てめに見ぬなけきかな 秋 203
家系図を見ると、季重は捨女の孫のようだ。若くして亡くなった季重には松壽と言う一人娘がいるようだが、この女性は秀忠を養子に迎えている。この方は捨女の弟の子で英保家に養子に入った四郎左衛門季聽の孫らしい。名家は存続のためにいろいろご苦労をされている。もしかしたら娘の松壽も病弱(?)な季重の養子ではないだろうか。
捨女(ステ)家系図
「めに見ぬ」が少しワカリニクイが、「目」は「目に見える姿」の意味がある。
路遠み来じとはしれるものからにしかぞ待つらむ君が目を欲り 万葉集四766
「君が目を欲り」は「あなたのお姿を拝見したい」との意味で、句中の「めに見ぬ」は「お姿を拝見しない」だろう。
言葉としては「待て」の読み方だが、この時代では活用語尾を書かないことが多いので、「待て」と「まちて」と一般的には読みがち。そうなのだろうが、「待たで」とは読まないのだろうか?
「三秋を待て」を「三秋を待ちて」と読むと、「三度の秋を待ったので」と事態が順繰りに淡々と過ぎて行く。しかし、「待たで」と読めば、「三度目の秋も来ぬうちに」となって、「嘆きかな」の輪郭がくっきりワカル。
尊属の亡くなるのは自然現象だが、孫の三回忌とは切ない。
句意は、三回忌を前に、生前の季重がますます思い起こされて(私は)悲しみ泣いている。この句を三回忌法要の席で示し、寂しい心の内を披瀝したのだろう。
三秋を待たで目に見ぬ嘆きかな
回文
妻にまた古草狂ふたまに待つ
つまにまたふるくさくるふたまにまつ
※古草は σ(-- )。「狂ふ」は「じゃれる」
(続く)


