今日は久しぶりに天気もよいので、それに体調もかなり回復したので、サイクリングをしてきた。といってもママチャリで20km弱の体たらくなんだけど、それなりに運動になった。休憩時には持参した蜜柑をしみじみ食べた。

復活のサイクリングや青蜜柑 あき坊

 

サイクリングには何種類かのルートを決めてあるのだけれど、本日はやや長めで。

 

家を出て5kmほどで最初のポイント月読社に着くのだが、ここまで大宮バイパスの歩道を走った。道路交通法に詳しくないけど、国道のトラックに負けじと車道を走る勇気は無いからね。

この神社が伊勢神宮の外宮である⽉読宮(⽉読尊)と関係があるのかどうかよくワカラン。神社のあるここの地名は「神田」といい、「じんで」と読むが、浦和の調神社(つきじんじゃ)経由で伊勢神宮へ稲を納めていたかららしい。伊勢神宮の領地だったのだ。

月読の名称からは、調神社の祭神が月読命とも言われているので、その分祀を思わせる。

暇人に紙垂もだらりと秋日和 あき坊

 

ここから4kmで荒川土手に着く。土手に上がると日光草津の連山から、浅間山、秩父武甲山、奥多摩から丹沢までぐるりと見渡せる。富士山はそれらを睥睨して大きな山だ。今日は霞掛かってぼんやりしていたが、空気が冷えてくればすっきりする。

稲屑火の煙富士まで流れけり あき坊

 

土手には自動車の入らない舗装路があるので、そこを自転車やウォーキングの人、散歩の人が平和に楽しんでいる。大宮の手前のさいたま新都心は富士山と反対側にあって、田園風景の奥にあるのもいい感じ。

新都心畑に混じる刈田かな あき坊

 

路沿いに南の遙か彼方に東京も見える。行かねば、行かないとますますボケる。

秋の日の鈍き反射やチャリを漕ぎ あき坊

 

で、本日のお目当ては女郎蜘蛛(を探すこと)だった。舗装路から秋が瀬公園に降りればすぐに見つかったけれど、写真が撮りにくくて眺めるだけも多かった。

しばらく前に自宅近くのウォーキング路で見つけた女郎蜘蛛は、若いからなのだろうが腹部の赤がはっきりしなかった。

女郎蜘蛛若し黄色き模様のみ あき坊

 

シルエットは整っていて魅力的だったし、雄も言い寄っては来たけれど、若いな。この蜘蛛は観察を続けるある日姿を消した。ヒトが取り払ったのだろう、ご無体な。

若者の身は細き也秋の空 あき坊

 

結局桜草公園で2匹の麗しい女子蜘蛛と出会った。腹の赤い熟女の女郎蜘蛛だった。

この蜘蛛も複雑な巣を作り、構造主義者を喜ばせている。哲学系の構造主義とは異なるようだが、網目はあって後は空っぽな空間。

秋風や蜘蛛の網揺れて破れざる あき坊

貞徳流には及びもつかないが。

風吹けば絶えぬと見ゆる蜘蛛の網(い)もまた懸き継がで止むとやは聞く (後撰和歌集)

 

近づけば、熟女の証(女郎蜘蛛の)が丸見え。美しさにしばし見惚れた。この赤は婚姻色と呼んで宜しいのか。そうだとすると、先日見かけた色づく前の雌に挑んだオスは気の毒だった、無駄に食われてしまったかもしれないから。

女郎蜘蛛信心浅き前の世か あき坊

 

もう一匹はオスが来ていて、交接のチャンスをうかがっていたのかもしれない。見届けるほどのこともないので、帰って来たが、ヒマなんだからもっと見ていればよかった。

近寄るも叶わぬオス蜘蛛悲しけれ あき坊

 

塊に見えるのは捕らえた獲物ではなくて、もしかしたら卵嚢、産み落とした卵を守る嚢(ふくろ)のような気もする。何というか、世界は見たいようにしか見えないものらしい、だから卵嚢としよう。なので、今近づきつつあるオスは、後添えのオスってことになるな。

成熟している雌蜘蛛の腹部はこんな形なのかと面白かった。オスの精子を受け入れる受精嚢は腹部の中程にあるようなので、赤い部分の頭部寄りだ。そんなところに精子を腕(触肢)で送り込むのだから、オスは命がけなワケだ。

蜘蛛の巣の光あふるや野分あと あき坊

 

楽しいサイクリングをしたが、公園内の車道脇の路も心地よい。再び走れて本当にありがたい。この先百年もと甘えたりはしないけれど、また走りに来よう。

(秋が瀬公園)

さやけしや森の小道の固き泥 あき坊