三八九集 山頭火遺稿 大山澄太編 古川書房 昭和52年5月15日発行。

 

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三八九 第五集 昭和八年一月二十日印刷発行

 

「身のまはり 種田山頭火」-2

14.小春日をあるけば墓が二つ三つ

15.このからだを投げだして冬山

16.冬夜の人影のいそぐこと

17.鐵鉢たたいて年をおくる

  

18.お正月の鐵鉢を鳴らす

19.お地蔵さまもお正月のお花

20.枯枝の空ふかい夕月があつた

21.枯木ぱちぱち燃える燃える

22.三日月さん庵をあづけます

23.枝をはなれぬ枯れた葉と葉とささやく

24.風が来て庭の落葉を掃いて行つた

25.ここでわかれる月へいばりして

26.冬蠅よひとりごというてゐた 

 

14.小春日をあるけば墓が二つ三つ

自殺願望を隠さない山頭火は、日当たりの良い気持ちの良い道を歩いていても墓には目が留まってしまう。

彼岸花さくふるさとはお墓のあるばかり 山行水行

破産して逃げ出し、可愛がってくれた祖母一人は親戚に預けてしまったふるさと。

 

17.鐵鉢たたいて年をおくる

  

18.お正月の鐵鉢を鳴らす

{*}とは、ここで年を越したということのようだ。

 

山頭火は鐵鉢を「たたい」たり「鳴ら」したりするのだが、鐵鉢を読経の際の鈴(りん)として使っていたのだろう。仏具に詳しくないが、咎め立てされることもなかろう。

 

鉢叩

長嘯の墓もめぐるか鉢叩 芭蕉

長嘯(ちょうしょう)とは声明のことか。

墨染の夜のにしきや鉢たたき 蕪村

その他江戸俳諧にはあるが、俳句の季語としては廃れた。

 

空也上人像

風生歳時記によれば、「鉢叩、空也忌、空也念仏」は十一月十三日の空也上人の忌日から大晦日までの四十八日間、空也堂の僧が竹の枝で瓢箪を鳴らし、念仏和讃を唱えながら洛中洛外を巡るのが鉢叩。」とある。念仏踊りの一種らしいが、やがて大衆芸能化する。

 

 

21.枯木ぱちぱち燃える燃える

枯枝ぽきぽきおもふことなく 孤寒

枯木を次々と燃やしている時、きっと無心な山頭火。悟りの手掛かりはそこにある。

 

22.三日月さん庵をあづけます

一晩飲みに出るだけならいいが、もしかしてこの暮しに飽き始めたのか?

25.ここでわかれる月へいばりして

訪ねて来た友人たちと連れションかい。明るい方へ向きながらとは、下半身に秘密の無い間柄だ。

 

 

26.冬蠅よひとりごというてゐた 

蠅も移つて来てゐる 復活第四集其中庵風景

引越しの日に見かけた「蠅」に同居人の如き親近感があって、山頭火はつい愚痴を聞かせてしまった。「いやあれは独り言だよ」と言い訳しているけれど、この時何を語ったんだろう。彼らしく「わがままきままな旅の雨にはぬれてゆく 行乞途上」なんぞと?

 

 

とりあえず、山頭火の日常「身のまはり」を垣間見ることはできた。

 

「消息集」

ボタ山

 

戸畑から 瀧口入雲洞

「層雲誌のボタ山の句を捜して見たら、

ボタ山のまうへの月を見てゐる 山頭火

逢ひたい、ボタ山が見えだした 仝

泊つてくれて何もないボタ山 緑平

ボタ山の雪、障子をあけてゐる 北朗

星空へボタ捨てる音の泊められて 仝

やはり其中庵もボタ山と切つても切れない縁が繋がつてゐる。 …

私は今、大神第二坑のボタ山に立つてゐます。…」

 

句集には

緑平居二句

逢ひたい、()()山が見えだした 鉢の子

枝をさしのべてゐる冬木 鉢の子

となっている、この時のことだろう。

 

荒尾から 中村苦味生

(碁敵だった義理の叔父が荒尾の出で、懐かしい地名)

蟻もゐなくなつたたたみ冬となるうすうひかり 苦味生

「たたた」の見た目の面白さ以外に、「畳」の置かれている理由をおもいつかない、省くべき。「薄う光り」を中心に考えれば「たたみ」は消せないので、「蟻もゐなくなつた」のこちらを除くか。「たたみ冬となるうすうひかり」とすると、「冬となる」が重い。「たたみうすうひかり冬の」とか、っぽく。

 

中津から(句会の報告らしいが)

隣は裏がすつかり見えて来た冬空 寥平

「草木の葉が落ちて」と単純な説明に思われるから、それが誤読だとしても、いくら「冬空」へと飛躍してもダメだ。

 

糸田から 木村緑平

「三八九頂きました。寂そのもののやうな紙の色もよいぢゃないですか。そこで入庵。三八九発行と愈々其中庵の基礎は出来た訳ですから、これからその運転をうまくやつて戴き度いものです。

茶の花に宵月のある

そんなところか 」

緑平の掲載全文だが、山頭火の本心を案じながら、激励している。資金援助もしているだろうし、いいヤツだ。ただ、最後の二行詩が俳句なのかどうか不明。「そんなところか」は親しさゆえの口語使いの気もするので、「茶の花に宵月のある」だけで一句とした。

 

(続く)