入庵雑記(一)
島に來るまで
この度、仏恩によりまして、此庵の留守番に座らせてもらふ事になりました。云々
文中に七言絶句のようなものを書いている。
我昔所造諸悪業
皆由無始貪瞋癡
従身口意之所生
一切我今皆懺悔
しかし、『悪業』とは前世にこの世の自堕落の原因を求める発想で宜しくない。
[小豆島にて]
あらしが一本の柳に夜明けの橋 p.86
大松一本雀に与へ庵ある p.87
海が少し見える小さい窓一つもつ p.87
すさまじく蚊がなく夜の痩せた体が一つ p.88
蚊の群れに、なす術もなく横たわるのみか。
四五人静かにはたらき塩浜くれる p.88
海風に筒抜けられて居るいつも一人 p.91
盆燈篭の下ひと夜を過ごし古郷立つ p.92
一疋の蚤をさがして居る夜中 p.93
他にすることもないのだろう。
障子張りかへて居る小さいナイフ一挺 p.94
きっと先住者が残して行ったナイフ。錆びて切れないナイフを無理に使っている。
卵子袂に一つづつ買うてもどる p.95 →一人のたもとがマツチを持つて居た p.32
袂を籠かポケット代わりに使う。なにしろ無一物の暮し。抜け出す意欲もない。
木槿一日うなづいて居て暮れた p.96
それをずっと見ている生き様。明日もだ。
漬物桶に塩ふれと母は産んだか p.54
生きるためなら、塩を振らねば。
月夜風ある一人咳して p.101
『月夜風ある』とまだ周囲に関心がある。孤独はまだ深くない。
一つ二つ螢見てたづぬる家 p.102
爪切つたゆびが十本ある p.102
来る船来る船に一つの島 p.102
次々と入港する船が見える。それぞれに帰る島があり、そこには団欒がある。
咳をしても一人 p104
咳の音が響く、自分だけがそれを聞き、苦しみ、咳は止まず。
墓地からもどつて来ても一人 p.106
放哉の『墓地』は「墓原」であり『墓のうら』である。
墓原花無きこのごろ p.112
墓のうらに廻る p.112
高台の墓(の背後)から、何度も広い海を見渡したことだろう。南無阿弥陀仏と西方浄土を探したか。もしかしたら、そこは心安らぐ場所だったのではないか?
墓石洗ひあげて扇子つかつてゐる p.26
まだまだ元気な須磨寺時代に、『墓石洗ひあげて』と仕事に精を出す日は自慢げだ。
恋心四十にして穂芒 p.106
『恋心』を『穂芒』。反省か危機感があるかも。
一人でそば刈つてしまつた p.110
わが家の冬木二三本 p.111
一日雪ふるとなりをもつ p.116
降りやまぬ雪に我が家は埋もれゆく。唯一日常的付き合いのある『となり』が、いざとなったら助けてくれそうな心強い仲間。
静かなる一つのうきが引かれる p.117
山畑麦が青くなる一本松 p.117
八ツ手の月夜もある恋猫 p.119
一つの湯呑を置いてむせてゐる p.120
白湯を飲み込むことさえ難しくなった。むせて、それを乗り越える元気もあと僅か。
「其以前」
大正5年
海が明け居り窓一つ開かれたり p.123
若い頃から、『海』『窓』と言ったタームが出て来る。最後まで続く拘りは環境のせいではなく、ある種の障害の表れなのではないか。
大正6年
今日一日の終りの鐘を聞きつつ歩く p.127
大正7年
嵐の夜あけ朝顔一つ咲き居たり p.131
大正12年
いたくも狂へる馬ぞ一面の大霜 p.135
大正15年4月放哉瞑目。元妻馨はわずかに間に合わなかったそうだ。







