藤田湘子は一回り上の波郷に兄事し、馬酔木の編集長も歴任した。

 

雲の流域湘子の酒も年立ちぬ(村山)

湘子はわいわいと賑やかに酒を飲むのが好きだったそうで、この日も波郷といっしょに飲んだのだろう。

基本的には波郷とは距離がありそうな印象を受ける。

 

 

愛されずして沖遠く泳ぐなり 藤田湘子

湘子の句では格別に大好きな句。「愛されずして」と弁明付では、自立していない気もするけど。

 

団栗にうたれし孤独地獄かな 藤田湘子

胡桃二つころがりふたつ音違ふ 藤田湘子

団栗と胡桃だが、孤独の影が深い。なぜなんだろ?

湘子は波郷が馬酔木に復帰してから、ヨレだした気配がある。元来進むべき道に迷う人だったか?

 

逢ひにゆく八十八夜の雨の坂 藤田湘子

若い人の恋はこれでいい。…老いてもこれだけど。

 

湘子が波郷を見舞った際の次の二句、

鐘鳴りて寮園は晝雪やまず 藤田湘子

また逢はむ外套着るを見られをり 藤田湘子 を馬酔木の句会に出したところ高点を取った。

その時石川桂郎は「高点を稼いでいるうちは、まだ本物じゃねぇ」と言ったとか。だから出て行ったワケじゃなかろうが、二人はなんとなく反りが合わない。

 

 

夕蛙どの畦のどこ曲らうか 石川桂郎

上記のごとく放言癖もあったらしいが、俳句としての軽妙さは桂郎の個性である。

水を前にすればポチャンと飛び込む蛙だが、今はその気もなく所在無げに佇んでいる。自分もどの畦を曲がろうかなどとどうでもいいことに迷っている。面白いヤツ。蛙と畦と文字でも遊びやがった。

 

石川桂郎1909-1975は小説を横光利一に師事し直木賞候補にもなった。俳句は杉田久女門下の後石田波郷の弟子となり、鶴創刊からのメンバーである。やがて馬酔木同人。

 

石川桂郎婚約成る

われら一夜大いに飲めば寒明くる(行人裡)

波郷は俳句の上でも時々酒を飲んでいるが、「われら」は桂郎と二人だろう。祝いのこの日はしたたか飲んで、寒い冬も終わりだ、とにかくめでたい。

 

桂郎一女挙ぐ

男手に鯊の煮えたる産屋かな(風切以後)

結婚してお子さんがお生まれになった。お弟子さんが倖せになるのは格別嬉しかったろうな。ただ「挙ぐ」の意味は? まさか取り上げるではないだろうし。

 

石川桂郎に

菊の香やぎくりと懸かる河童図(風切)

前書「石川桂郎に」の意図が分からない。このころに短編小説とか書いていたのかな。

河童忌や水の乱せし己が影 石川桂郎 

芥川龍之介は小説家として憧れの存在だったかもしれないし。

 

見舞はれて桂郎は居ず茶を咲かせ(春嵐)

「茶を咲かす」とは「話に花が咲く」と考えたが、この手の思いつきはトンチンカンなことがよくあるから、どうだか。桂郎の奥様が代理で見舞いに来たのか。それで二人して桂郎の悪口で盛り上がったり。独り者の頃から面倒見ているし、桂郎と波郷はかなり親しい感じ。

 

芋の露十歩もゆかず芋の露 石川桂郎

芋畑には芋の葉がびっしり並ぶが、この芋は少し間が空いている。畑と言うより適当に植えてあるのだろう。それでも十歩も行かないうちに、また露を溜めた芋の葉がある。

 

昼酒に喉焼く天皇誕生日 石川桂郎

酒好きなら分かる、昼酒の快感。でもこの日は「天皇誕生日なんだって、へぇ」って。なにやら思うところありのような。

 

朝より酒生じゅんさいの箸に逃げ 石川桂郎

朝湯を済ませて、朝酒だ。酔い始めたからこそ、蓴菜なんぞを箸で摘まもうとするのだ、ワカル。

 

初鰹都心に出て日暮れたり 石川桂郎

なにか口実を見つけて浅草あたりへ出たか。買って帰るよりも、目当ての店で初鰹、生姜を効かせてもちろん酒と。しかしワインと生姜は合わない。

 

妻が来て湯をわかしをり昼寝覚 石川桂郎

とても色っぽい一句。目が覚めたら、いつの間にか来ている妻がそっと湯を沸かしている。ドタバタと音を立てることなく、そっと。湯上りには一本つけて、シャバダバダ♪