波郷忌に参ず着物は枯葉色 鈴木真砂女
波郷の旅立ちはは11月21日だった。若々しい青春の俳句から彩薄き闘病生活へと視点は移ったが、枯葉色とはその彩をイメージしたか。
傘雨宗匠も卯浪の常連だった。忌日を詠んでいる。
傘雨忌やおろしたつぷり玉子焼 鈴木真砂女
万太郎はだし巻き卵にたっぷりの大根下ろしを添えて召し上がったようだ。
あぢさゐの色には遠し傘雨の忌 鈴木真砂女
5月6日の傘雨忌では紫陽花の開花には少し早い気がするけれど、傘雨宗匠は紫陽花のようなどぎつさとは無縁の粋人だった。
単衣着て胸元冷ゆる傘雨の忌 鈴木真砂女
客商売なら、それに動きやすく、胸元は広めに和服をお召しになられたか。
雪の日も、人が休む日も、なおさら店は閉められないとしたものだ。
降る雪やこゝに酒売る灯をかかげ 鈴木真砂女
盆休み無き一灯を点じけり 鈴木真砂女
仕込みを終えたら衣服を整え、暖簾を出して、灯を灯して準備完了、後は客を待つだけ。一日の商いへの意気込みというより、さらに深く生き様への自信を感じる。
色鳥や買物籠を手に持てば 鈴木真砂女
板前さんが買い出しに行く時に持つ篠竹の籠かな。
大鮪累々として糶終わる 鈴木真砂女 せり
夜遅くに暖簾を下ろしてから朝早くに、築地へ通われたことだろう。予約が入れば、客の好みを思い浮かべながら、魚を選んだ。
初仕事庖丁にくもり許されず 鈴木真砂女
客の目に触れようが触れるまいが、最善を尽くす。それが商売というものだ。
湯豆腐や男の嘆ききくことも 鈴木真砂女
物を売るだけなら、今ならコンビニで十分。しかし、人生相談も商売の内と。
男は相槌が欲しいのだ、強がる分だけ弱くてね。
夏帯や働き疲れ気の疲れ 鈴木真砂女
立ち仕事で疲れた時は、帯をポンポンと叩いたかもしれない。
人もわれもその夜さびしきビールかな 鈴木真砂女
夜も更けて客が減ったら、勧められてビールを飲むこともある。無口な一人客も夏はビールだったか。
晩年の運甘からず鰺叩く 鈴木真砂女
言ってみれば向こう見ずだった日々と比べて、客を呼び人を雇い、日々の銭勘定に忙しいのはけっこうしんどい。選んだ人生を「運」と言い切って、今夜も注文の鰺を捌いている。
ゆく春や身に倖せの割烹着 鈴木真砂女
何はともあれ、店に立つ喜びこそが倖せだった。
※安住敦(久保田万太郎に師事)
淡雪やBarと稲荷と同じ路地
この路地に卯浪はあったのかも。