石田波郷は妻を客観的にも凝視し続ける。奥様は気づいているけど、許している。同じ俳人としての承知があったのだろう。
梅雨来し妻ちびし鉛筆を削りをり(惜命)
波郷が使う鉛筆を机のわきで黙々と削っていそうな奥様で、いい感じ。肥後守で危なっかしそうに使って削る様子を、彼は愛おしそうに見ているワケだ。
萩寧し妻の人形作りなど(春嵐)
暑さも一段落する頃、人形作りにハマっている姿は奥様らしい。看病から一時逃れて、いわば普通の暮しがそこに在るなら、病める亭主もうれしかろう。
妻寄れば昼の蛼に跳ばれけり(雨覆)
虫愛ずる姫君なのか、虫を嫌がるどころか虫と遊ぼうとする妻。そんな奥様を見る波郷の目は、日ごろのご苦労への感謝を込めて優しい。
妻が歌芙蓉の朝の水仕かな(風切)
鼻歌交じりの朝仕事。井戸のポンプをギーコギーコとかされているようで、昭和感たっぷり。
天地に妻が薪割る春の暮(惜命)
天地がよく分からなかったが、奥様は家事の一環として薪を割っている。力仕事も厭わない。天地に妻が薪割る春の雁(定本石田波郷全句集)へと差し替えられた。
侘助をもたらしいける通ひ妻(酒中花)
見舞の奥様はそれなりに身だしなみを整え、背筋も伸ばしてお出かけになることでしょう。その非日常性が波郷に「通い妻」と言わせた。可憐な侘助に病室はひと時なごむが、その後はまた一人。
患者らに妻もまじれり西瓜食ふ(酒中花)
周囲の人にも気を遣う奥様はおおいにありがたかったろう。きっと惚れ直した。
寝顔も見つめている。
春の蚊や子等いね妻も睡りはて(鶴)
子供たちはとうに眠ったし、安心した妻も寝息を立てている。平和な夜だ。
妻の目や寒夜ベツドの下に臥して(惜命)
入院、もう寝たかなと覗き込んだら、看病に来ている奥様は物音たてずに起きていた。奥様の緊張感は解けはしないのだ。
除夜の妻ベツドの下にはや眠れり(惜命)
付き添っている妻は、もしかしたらさきほどまで話題にしていた除夜の鐘を聞くこともなく、病人より先にはや寝入ってしまった。疲れさせてしまってとの思いが伝わる。
円く紅し鶏頭蒔ける妻の顔(春嵐)
庭の手入れをする妻の顔を見たら、細面と思っていたが割と円いじゃんてとこか。その顔は普段見せない赤味を帯びている。庭に出ての外の作業は楽しそうと。
追羽子の妻つまづきてめでたけれ(全繊新聞)
ちょっとしたことにも「めでたけれ」と喜んでいる。夫婦二人ならそれはそれでいいが、それを見た家族のはしゃぐ声や笑顔があるとなおいいな。
数の子の妻のこめかみめでたけれ(朝日新聞)
上掲句とどちらが先か知らないけれど、よく似ている。初春の膳の静けさの中に、数の子を食す音が響く。そちらを見遣れば、こめかみが同期して動いている。波郷はうまい酒を飲んでるのだ。
ゆるぎなく妻は肥りぬ桃の下(春嵐)
妻肥えぬ我菌を出さずなりし冬(惜命)
波郷さん、キンク、禁句!
しかし、病気で痩せていく自分から見れば健康的に肥ってもらいたかったのかもしれない。
ゐのこづち友どち妻を肥らしめよ 酒中花
鶏頭に寧し痩せ夫肥り妻(春嵐)
確かに、妻が肥ればそれは波郷の喜びだったようだ。
われよりも妻の辺くらき時雨かな(主婦と生活)
苦労をかけているといつも思っている。自室で療養中か、陰鬱な時間だ。
妻の座の日向ありけり福寿草(酒中花)
でも時には妻も陽だまりに居るように晴れ晴れとしている。束の間の安息か。床の間には正月飾りの福寿草が活けられて。
枇杷啜る妻を見てをり共に生きん(酒中花以後)
二人して持病もあるけれど、自分は業病ではあるけれど、この先も一緒に生きてくれと。
無心に枇杷を啜る奥様を見ながら、自分用に食べやすく切られた枇杷を摘みながら、その思いを強くした。
(20240624さいたま市荒川越しに富士山)