文法的には、「たり」は助動詞(ラ変)で動作や作用の完了を表すが、その状態が継続している意味もある。

俳句を読むときは、「念押し」と理解しているので、読んだ後は「そうかそうか」と頷いておく。

以下例句は、基本季語五〇〇選 山本健吉 講談社学術文庫から5句ずつ。

注;「下二」とあるのは下二段活用の略で、他も同様。

 

1】 切字「や」で詠嘆して「たり」で念押し。

「たり」は切字ではないので、いわゆる切字を用いた中にもしばしば使われる。

111鯉こくや梅雨の傘立あふれたり 桂郎

「溢る」下二・読みは「はふる」なのだが

112秋風や公休ひと日また昏れたり 桂郎

「昏る」下二

113落鮎や空山()えてよどみたり 不器男

114書初や老妻酒をあたゝめたり 鬼城 

「あたゝむ」下二

115追羽根や日の尾を引いて落ちきたる 展宏

「来」カ変

連体形で終わる俳句は、「日の尾を引いて落ちきたる日」と循環形に読んでも良いが、「日の尾を引いてぞ落ちきたる」の「ぞ」を、切字二つになるのを避けて省いたと見做す。

 

2】切字の働きをする「に」の後、念押しの「たり」

211卯の花に昨日の人をまた見たり 閒石

「見る」上一

212蜻蛉に駒は煙りを濃くしたり 亜浪

「す」サ変

213初汐に掌ほどの舟も帆あげたり 蓼汀

「上ぐ」下二

214年礼に少しの野路の気晴れたり 子東

「晴る」下二

215鞠唄に雪少し降り日暮れたり 幹彦

「暮る」下二

 

3】「の」「は」は切字で詠嘆するのを避けたとすれば、「たり」に仕事をさせるためか。

311蚊の声の一切経を蔵したり 曹人 

312初富士は枯木林を抜んでたり 年尾

「ぬきんづ」下二

313山茶花のこゝを書斎と定めたり 子規

「定む」下二

314炉明りの夕世情を忘じたり 草堂

「忘ず」サ変 「炉明りの夕」もいいかも。

315夕がほの花の暁うち見たり 暁台

 

 

4】「たり」に無い詠嘆のために、「たりけり」と発見の「けり」を追加する。3句

411夕貌に尻を揃へて寝たりけり 一茶

「寝(ぬ)」下二

412水霜と思ふ深息したりけり 時彦  

413逝く年の空はりついてゐたりけり 鐘一路

「ゐる」上一

 

5】連体止め 係助詞「ぞ」が省かれたり、「の」に変更されても、結びの連体形が残ったと考えている。

再掲 115追羽根や日の尾を引いて落ちきたる 展宏(ひいてぞ落ち来る)

512枯葎蝶のむくろのかかりたる 風生(むくろぞかかりたる)

513ぬるゝもの冬田になかり雨きたる 秋櫻子(雨ぞ来る)

「来」カ変

516終い湯のひとりに山の時雨れたる 春樹(山ぞ時雨れたる)

「時雨る」下二

518一本の襞初富士を支へたる 爽雨(襞ぞ支えたる)

「支ふ」下二

520楪の青くて歯朶のからびたる たけし(歯朶ぞからびたる)

「乾ぶ」上二

 

 

6】上五等の体言は主題の提案、注意喚起の看板なので、軽く切れる。切れないものもある。

611夏の月人語その辺を行たり来たり  虚子

「並列」を表すので、検討中の「たり」とは異なる

614雨の中暦の梅雨も追ひつきたり 吾亦紅

615播州の夕凪桃を見て来たり 魚目

617秋の空尾上の杉に離れたり 其角

「離る」下二

621初鴉遥けき友を呼び得たり 春兆

「得」下二

 

以下状況説明の看板は中七からとごく近い。

613新茶の香真昼の眠気転じたり 一茶

「転ず」サ変

618霧の道わづかにくだりつづけたり 照敏

「つづく」下二

622注連飾日蔭かづらを掛けそへたり 鬼城  

「そふ」下二

参考;

619にて候高野山より出たる芋 宗因

「にて」は格助詞、…句意わからず。

 アジサイも飽きたので今朝の蛍袋

 

7】その他

711鷺いどむ新樹の匂ながれたり 水巴

「流る」下二段 「鷺が張り合う新樹の匂」とはなんだろ?

712鮭を打つ槌なりといふ(よご)たり 蟹平 

「汚る」下二  中七の終止形で切り、言い放った。

713洪水多き年を二夜の月晴れたり 子規 

逆接の接続助詞「を」と思ったが名詞にはつかないようで、実際に明治29年には大洪水があったそうだし、詠嘆の間投詞。

  参考;「を」の例句 

  陽炎は目にも見ゆるを君が顔 正岡子規 

  夏雲へ怒りの果の指澄むを 藤田湘子

714蓬髪のわれよりたかく蘆枯れたり 林火 

枯る」下二  

715夜半覚めて年ゆく月を浴びゐたり 昌治  

「浴びにけり」と詠嘆しないのは、何か事情があって呆然と眺めているからと推察する。

 

「たり」には下二段活用後が多く感じられるのは、「り」がサ変と四段活用動詞しか受け付けないからだろう。

 

長々とお付き合い下さりありがとう。

最後は癒しの紫露草