春の終り夏の前は毎年平衡感覚が狂いだすので、その調整に日々努力をしている。いよいよ最終段階と期待して、昼飯抜きの2万歩を目指して徘徊したら気分はかなりすっきりした。
ご近所廻りは飽きるので武蔵一宮大宮氷川神社へ向かったが、往きは東京へ通院の後だったので、JR大宮駅で下車した。なので参道は途中からだったけど、帰りは一の鳥居までの2㎞をきちんと歩き、JRさいたま新都心駅へ出た。
拝殿の白木造りや若緑
参道の花々にはフラワーラベルのような立派な名札が多数あって、探索の手助けをしてくれた。きっと盆栽の町だからだろう。
春陰や名札に嘘のなかるべし
ちなみに紅霧島躑躅ベニキリシマツツジは、季語として霧島とかきりしまと言いならわすけれど、雲仙躑躅と同じく産地の誤認に始まるらしい。
きりしまや暗き参道真南へ
躑躅は種類が多いけれど、ホンキリシマツツジはぱっと見てなんの木かワカランかった。
実は子供のころ何も知らずに、この木とそっくりな木を絵具で描いた記憶がある。それも二度描いた。
名はあれど名は知られざる躑躅かな
ホンキリシマツツジの花を見れば容易にツツジの類とは分かる。
手紙書く躑躅を共に見し人へ
なやまされたのはモチツツジだが、特徴的な花なので一度知れば大丈夫、再会が楽しみだ。
羊躑躅は萼などがねばねばすることに因るらしく、ねばつつじとかもちつつじとしてこちらも季語に入っている。
残念ながら今回は山までは見ず状態だったので、次は触れて確かめてみよう。
生きにくし萼に刺あるねばつつじ
そんなワケで花や木の観察しつつ、時々寄り道しつつ、速足2万歩完遂のご褒美にと日暮れ前から小料理屋で自分を接待した。
鰹好きの至福タイムがやって来た。幾分下降気味の鰹ではあったが、さすがにプロの扱う鰹で刺激的だった。
会話無きひと日となりぬ初鰹
名残のタイラギが少しあったので、そろそろ終わりの北寄貝と並べてもらった。
タイラギの歯触りのタフさとホッキのぬまっとした感じとが、はたまたタイラギの高貴な味わいとホッキの生々しい香とが対比的で面白かった。
炙られしたいらぎ貝や春の宵
新子にはまだ早そうだけど小鰭を聞いたら切れていたので、刺身の〆に春告魚のさよりをお願いした。現実的には春告げではないようだけど、気分はいい。
見立てれば織部緑や透く細魚
そんなワケで刺身で酔えば普段と変わらぬ自分に戻ったかも。外の風はメンタルを保つ良薬となった。浮かれて、家内にはコージーコーナーのケーキをお土産にした。
※先日公園の遊具の滑り台に登ったら、視界がゆらゆらして怖かったけど治りそう。







