限られた花壇に植えたヒメツルニチニチソウだけど、はびこってるなぁ。うっかり気楽に踏み越えようとすると、引っかかって足を取られるし管理が大変だ。
春愁や姫蔓日日草茂り
でもその花はなかなか味わいがある。
地べた近く春告ぐ花の濃紫
熟して開けば無防備で、それもまた良い花。
紫の花飛び回る春の夢
比較するのは意味がないけど、隣に咲いているヴィオラには堂々とした風格さえ感じられる。なんというか、自らの美しさを自慢するかの如くで。
パンジーの蕊鮮やかに清々し
庭に戻れば、背の低い黄水仙がずっと俯いている。いつか日に向くかと期待もしていたけど、その様子はないな。
黄水仙拭へど消えぬ斑かな
少し離れて、家内が植えたのかヒヤシンスがあったけれど、水栽培の時に見せるすっくとした美しさがない。地球からの直接の圧力に抵抗するためか、どことなくもっさりと太目で。
ちなみに水耕容器をネットで探したら、今でもあの懐かしい形状のものがあった。この形にはきっと理由があるのだろうな。小学校では窓辺に置いていたので、あの眩しさを思い出した。
学級会花瓶残して卒業す
ふと駐車場との境をする垣根を見ると、いよいよ最後の山茶花が咲いていた。
いつ見てもエロティシズム、エロスの権化、悩ましい姿だ。花弁の奧の赤くもやもやした空間に大事なものを隠している。その隠蔽感がなにやら妖しくて惹き付けられる。
山茶花の最後の一輪散れば虚無
昨日は明るい朝だったので、雪柳が冴えていた。
冴えかえる庭の靴跡浅かりき
水仙は黄水仙と違って、辺りを睥睨している。強気な花かも。
水仙や猫は避妊後帰らずに








