句会は作者と読者が一か所に集まっているし、相互に句評を述べ合えるから座の文学と言える。しかし、今日的には本句会がブログ句会と称する如く、空間的な距離を有したまま開かれる座も珍しくはない。なので、そこに集合する人々もより多様であり、共通了解はほぼ存在しない。その束ねられない気配が愉快極まりないので今回も参加した。

 


 

では自分の拙い俳句を弁明する。

 

【漢字席題】「負・確・生・千・仕」から。

 

【1点】

2.途切れ無き生命線や去年今年   

 

昨年の大病からこの世に生還させていただくまで、入院手術等直接時間は6カ月、そこにリハビリ6カ月を加えればほぼ一年間を要した。情緒的にも落ち着き出した今年の夏ごろからは運気も上昇している実感があるので、漢字席題五文字からは『生』以外には意識が向かわなかった。

仮に我が病の患者会のような組織で句会を開けば、俳句の出来栄え以前に来年も健やかに生きたいとの思いに、より多くの共感を得たかもしれない。

 

手相とかまるっきりは信じてはいないんだけど、とりあえず自分の運命線は大したことないし、知能線は親のせいだし、感情線は乱雑だし、生命線はそろそろ終点かもと思わないワケでもないし、弱気になれば信じてみたい気もする。でもまぁとりあえず、この度は切れずに済んだし善しとしよう。

 

生命線長きを亀に鳴かれけり 鈴木真砂女

ここまで行かないと、「生命線を這う」みたいな類想類句の泥沼に沈没か。

 

 

【課題】

詩性があること。季語が動かないこと。兼題:当季雑詠

 

この『詩性』は考えたこともなかったから驚いたし、新鮮で楽しかった。

仮に去来さんも悩んだ『軽み』とも考えたが違うだろうし、『調べ』となると切字が邪魔になるし、とか。

 

【3点】

28.母の字の母の句帳や根深汁       

 

私は若いころ母から句帳↑を頂いたことがあり、今も手元にある。若葉社発行のそれには例句として母の句もある。細かなことは別稿に書くとして、母は三十代の後半には泊りがけの吟行にも参加するくらいの努力家でしたから、短歌から俳句へ転じても楽しめたことでしょう。

句帳を開きながら記憶を辿っていると、事実は消え去ったのに母の文字だけは確かな事実として眼前にある。

 

父は市井の職人だったから金儲けは下手で毎日は質素な暮らしだった。煮干しも栄養だと食べさせられた葱の味噌汁には、当時の記憶がべったりと張り付いている。

 

リクルート事件で首が吹っ飛んだ藤波孝生元官房長官に

控へ目に生くる幸せ根深汁 俳人藤波孝堂の名句がある。

逮捕後のお詫び行脚の印象の強い方だし、権力闘争のど真ん中から身を引いて読書家として生きる道にむしろほっとされたのかもしれない。

このような思いを込めた根深汁だったけれど、そんなややこしい話は投稿句とは関係なくていいワケで個人的な思い入れ。

霞が関の句会だったら、根深汁に妙な反応があったかも。

 

【1点】

19.湯豆腐や幼馴染の顔の皺       

 

これは湯豆腐のつるつる感と年齢による皺との対比が全てで、向き合う幼馴染の皺を他人事のように言いながら「いやオレもそうか」との気づきも対比と言えば対比。人の振り見て我が振り直せと親にはよく叱られた。

 

湯豆腐で一番好きな句は

湯豆腐やいのちのはてのうすあかり 久保田万太郎

「いのちのはての」と語るは詩性の手本かも。

 

参考;近頃流行りの温泉湯豆腐は女連れの時にグッズとして使うといい。