今朝も筋トレとウォーキング、最初の公園は静かだった。

 

床上げの喜び勤労感謝の日

 

 

子規は月並調を『感情でなく、知識に訴える』と嫌っているのでどんなものかと挑戦してみた。

句会は『やではなく別の切字を中七に』ということで、へそ曲がりらしく変化球を投げた。

結果的には受けなかったけれど宜しかろう。

 

 

柳散るや幽霊は去り寝る蛙

 

 

句会0点句の負け将棋力無きなり初時雨はちょうど藤井八冠の将棋で盛り上がっていたので、テーマにしてみた。   

観る将マダム(おっさんも居るかもしれないけれど)は将棋を知らないらしいので、敢えて強調すると、藤井八冠はエグイ、可愛くないのだよ。勝ち将棋が多いせいか、いつも鬼のように相手を木っ端微塵にする場面を見せられるし、大逆転もしれっとやってのける。

 

 

竜王戦第四局の伊藤七段投了の局面を並べた画像だけど、手持ちの飛車を打って王手をした段階で藤井八冠の持ち駒はゼロになっている。このすっからかんが計算した演出だとしたら恐るべし。

伊藤七段の王は逃げるか合駒をするかで、有望なのは角合いだが歩が成って王を呼び出してから遠い方の桂馬を跳ねれば詰みに至る。逃げ道はない。

 

挑戦者の伊藤七段の勝利への試みは4局とも悉く無為に帰せられてしまった。近頃のプロの将棋は相手の王様を捕りに、もちろんそれが将棋の本質なんだけれども、いきなり殴り合う感じで趣には欠ける。

なので本局の負け将棋も僅差とは言いがたく、挑戦者には屈辱的な敗戦であったろう。そのうち、新聞で細かな解説が出るのでまた検討してみるけど。

力負けした敗者の悲しみを時雨に託したつもりだったが、頭でっかちな俳句となった。

 

 

霜近し皇帝ダリア咲き初むる

 

 

 

1点頂いた句は陽関を友出るらん雪婆だが、季語雪婆(ゆきばんば)はふわふわ飛ぶ綿虫のことで、切字にはらんを使ってみた。

 

 

陽関は有名な王維の送元二使安西が下敷きで、いわゆる西出陽関無故人である。月並俳句の見本となれるかも。 

 

俳句の切字としては『らむ』が掲げられていることが多いが、近世以降の文献ではらんと記載する。

芭蕉翁の今日よりや書付消さん笠の露ではとされているし、子規の瀬の音や月夜に落つる鮎もあらんでもが使われている。ただ切字らんは見たことがないので不安もある。言葉としてのらんは同時刻の推量なので、意味を取る時には「今頃は」と付け加えると原意に添える。

 

 

桜紅葉に青葉の交じる不思議かな

 

 

2点ゲット句は 再びの解く紐もがな帰り花 で季語は帰り花。今時分の冷え始める頃に温かい日が訪れると、季節を勘違いした桜(とは限らないが)の花が咲く有様を指している。

 

ここで使った切字もがなは願望の終助詞で、「もが+な」で一語化している。意味は『あればいいな』ていど。

解く紐は月並調にはありがちな妄想だとしても、敢えて言うのはいささか嫌味だね。

七五三の傍題帯解の語源は知らないが、万葉集2866番 人妻に言ふは誰が(こと)さ衣のこの紐解けと言ふは誰が言 を共通了解とみなして(いる振りをして)いる所が好かん。

 

歌の意味は「人妻の私に言い寄って来るのはどこのどなたかしら?この素敵な衣の下にある紐を解けだなんて、ホントどうゆうつもりなの、あなたはうっふん」って感じで、拒否ではなくて甘えて応じているところが泣かせる歌。古代では結び目に魂が宿ると考えられていたので、それを解放しろだなんてすごい口説きだ。

 

そんなワケで、拙句では再びのが意味有り気なところ。別れてしばらくしてから熱い思いが蘇ってきた。やけぼっくいに火がついてもいいことはないとしたものだが、もう一度なんとかなりませんか的な勘違い気分と帰り花とが響き合ってオシャレ?

 

互選句会は面白い。子規先生は没頭したそうだし、宗匠にばっさりやられる理不尽がないから、のびのびと書ける。

 

 

青空や銀杏黄葉もあと僅か