毎日全く変わり映えのしない公園だけど、季節の息吹だけは常に新鮮に感じられる。

家からここまで五分ほどだけど、温まり始めた体に冷ややかな風が快適だ。

 

冷える指先にウォーキングの始まり

 

秋空には釈迦涅槃像と慟哭の羅漢か

 

澄む秋の雲が入滅の釈迦になつた

 

公園のハナミズキは紅葉の盛りを過ぎて、散り具合が目立って、さびしい。

 

爛熟­­­­の赤は濁る濁る照紅葉

 

花壇のサツキの葉を押しのけてオシロイバナが咲いていた。この花はいつも草陰から出て陽の当たるところで咲く気がする。

 

白粉(おしろ)()に歩き続ける意味はあるのか

 

昨日から蔦が気になって探していたら、神社手前の公園にたくさん存在した。でも紅く色づかないし蔓は弱いし蔦ではないのかも。でも葛なら地を這うようだし蔦としておこう。

 

引き寄せれば切れた蔦紅葉が黄色い

 

一枚拾った黄葉の蔦を取り込んで見たら、野にあってもこのまま赤くならずに枯れそう。

 

色づかぬ枯れ蔦にそれもあるよと

 

神社に辿り着いて一息入れた。境内はいつも掃き清められているけど、多少散っている方が良い気もする。茶の本だったかでもそう読んだ覚えがある。目的に突進してしまう癖は誰にもあるけれど、その2割引きのだらしなさの在る辺りが生き易い。

 

流れ屋の紅葉は紅葉の影と踊る

 

久しぶりに神社の杜に踏み入ったら、雑木林に武蔵野の面影とも言い難いけど、枯葉は散り放題で道も無くて好ましい。でももしここに突然立たされたら何処へ向かうべきか焦るな。

 

枯葉踏む音が急かせる迷い道に居る

 

境内に戻ると、秋の朝日が色づかぬ葉を通過して光っていた。なんだか明るい葉ばかりを見上げてしまった、光るところにも光らないところにも同じ季節がやって来ているというのに。

 

さわやかに朝日の満ちる神の庭が明るい

 

最後の公園には苦労したかなと思わせる木があった。たまたまなんだろうけど、枝は常に海風に吹かれ続けたかのように。

 

老木の下にパンダのベンチ秋が終わる

 

昼飯はちゃちゃっと家内がお寿司を作った。ノンアルコールビールでゴキゲンになった。本当はノンとかではないものが飲みたかったけれど、昼だし。

 

在り合わせですよと鮨を秋の昼