昨夜15日の午前1時過ぎにパロった句が面白くてまた抜け出せなくなり、今朝の筋トレからウォーキング中まで飽きずに遊べました。

 

昨夜お借りした蕪村の句は山は暮れて野は黄昏の芒かなでしたが、この句は画家の作らしく遠い日暮れが山裾の黄昏へとグラデーションしてきます。そこに残照に金属的に光る芒をしれっと置く仕掛けです。

 

山は晴れて句は黄昏の薄かな

秋晴れの爽快な空に光る山の稜線に比して、(私の)句は黄昏時のように曖昧で正体が見極められない。そのボーっとした中に埋もれるように季語薄は鈍く光っている、ってつもりでしたがどうなんだろ?

 

さて、さいたま市では朝の内は雲行きが怪しかったのですが、8時を過ぎれば雨は降りませんでした。

 

 

生計はのちの世賭けて笑茸 

毎日やりくりしておりますが、来世での幸せを夢見ながらヤバイと思っても手に入る変なものを家計の足しにと食べてしまうのです。笑って暮しているのはそのせい。季語笑茸

 

準備運動から柔軟体操をして遊具に行くと水たまりがありました。一応そこは避けていますが、鉄柱に暑さは溜まっておりませんで快適でした。

 

 

山路きて何やらかゆしゐのこづち

旅の途中の山越えの道から村が見えてほっとしたころ、急に痒くなったのですが、見たら気づかぬうちにいのこずちが体に取りついていたんです。季語ゐのこづち

 

そのうち雲間から青空が見え始めまして、持って行った傘が邪魔になりシャツのカラーの後ろ部に引っ掛けてぶらぶらさせながらウォーキングを続けました。首がちょっときつかったかな

 

 

露の世は露の世ながら鶏のガラ

生きるこの世は日の出とともに消える露の如しと頭では分かっていますが、ラーメンを作ろうと煮続けた鶏ガラを取り出してみると、色即是空はかなさを実感するのです。季語露

 

参考元句;

蕪村 傾城はのちの世かけて花見哉

芭蕉 山路きて何やらゆかしすみれ草

一茶 露の世は露の世ながらさりながら