読売新聞20230117四季 長谷川櫂
畳まれしセーターの胸やすらかなり 栗原修二
「セーターの胸やすらかなり」だけなら、着ている人の胸が安らかに見えるということ。
「畳まれし」があると、ようすが違ってくる。
このセーター、しばし人間の体を離れてセーターそのものの安らぎに浸っている。
句集『囀に』から。
セーターが一仕事終えて休憩時間に入ったようなニュアンスですが、
私の鑑賞では心安らいだのは詠み手ご本人となります。
セーターの持ち主は思春期のお嬢さん ってことで。
(きりちゃん)
これを着て町を歩けば、男たちの目は膨らみ始めた胸に自然に集まる。
まだ子供と思っている父はその無防備な大人びた姿態に、実は内心ではいつもはらはらしてるのだ。
近頃は会話も少なくなっているし。
だから、畳まれたセーターを見て子を想い、ほっと安堵したんじゃないのかな。
(尼御台さま)
セーターを着ている人は娘でなくてもいい。
孫でも妻でも恋人でもいい、それぞれニュアンスは変化するけれど、誰か大切な人。
そんなことを考える朝でした。


