蕪村の三、四には 面白いものはないかも。

 

では、

 

≪なんとか好きな三句≫

(せつ)(げつ)(くわ)つゐ(ひ)に三世のちぎりかな 

和漢朗詠集白居易『雪月花ノ時最モ君ヲ(おも)フ』雪月花(風雅)を共に楽しんだ我等、主従の契(縁)は過去、現在、未来の三世に渡る。

 

とうろうを三たびかゝげぬ露ながら  

前書『秋夜閉窓のもとに指を屈して世になき友を(かぞ)ふ。』  盆灯篭は夜通し露に濡れるままに。故人を想いながら既に三度目。

 

 

三椀の雑煮かゆるや長者ぶり   

新年の今朝は雑煮三椀をお代わりしている、それなりに豊かな暮らしぶり。

 

春草(しゅんそう)(みち)三叉(さんさ)中に捷径(せふけい)あり我を迎ふ         

 (みなし)栗調(くりちょう)。捷径は近道。路三叉は故郷への路、浪速へ帰る路、未知の路の三路。近道はふる里への路、弾む心。

 

 

三軒家大坂人のかやり哉           

三軒家=嵐山の渡月橋北河畔の茶屋、嵯峨天竜寺の南

風流を楽しむべき場所で、無粋意にも大坂人は蚊遣りの火を焚いているよ。

 

 

 

金福寺 芭蕉庵(蕪村の再興による)

 

三度(みたび)啼て聞こえずなりぬ鹿の声             

京都金福寺で詠んだ句で、(雄鹿が雌を求めて鳴いた)声の後の静寂と出会い、ある種の感慨にふけった。

 

みどり子の頭巾眉深きいとをしみ         

周縁の縁は『どり』と読む、つまり三縁はみどり。みどりこ(みどりご)は数え年三歳までの嬰児。蕪村の孫か?

   

        

寒月や枯木の中の竹三竿          

 深草瑞光寺元政上人の墓『只竹両三竿ヲ栽エテ塔ヲ建テズ』

 

≪蕪村の得意≫

熊野路や三日の(かて)の今年米 

史記 項羽は、兵士に三日分の粮(糧食)だけを与え、退路を断つ事で活路を見出した。熊野詣の人々を鼓舞したか。

 

三声(みこえ)我も又月に泣夜かな   

杜甫『猿ヲ聞キテ実ニ下ス三声ノ涙』

 

畑打ちや法三章の札のもと   

漢高祖は秦の苛政を改め、法を殺・傷・盗の僅か三章とした。『耕や法を約する札のもと』(落日庵)も同じ着想  

 

≪理解できずと諦めた二句≫ 心ある方 教えてください 

三日月も罠にかゝりて枯野哉  Give up! 新月、二日月ときて三日月。しかし「罠」が分からず『三日月も』の『も』も不明で…

 

三井寺や月の詩つくる踏落(ふみおと)   Give up! 前書に『湖南の水楼に後の月みんと、前の日よりたれかれうちかたらひ、すゞろおもひ立ける。さなきだに秋の空のさだめなければ、いかに今宵の清夜を見過し侍らんと、三井の何がしの上人の書屋に至りて』とある。

踏落しとは漢詩で成すべき押韻をしないこと。 蕪村はこの夜 賛を書きに行ったか?

 

 

口切や北も召されて四畳半        

口切は新茶の封切 北は喜多(高徳院)

能楽の観世、宝生、金剛、金春が四座、喜多を加えて五座。喜多が北に座れば語呂合わせが面白いが、五派の集まりなので、そうはいかない四畳半。

             

すゞしさをあつめて四つの山おろし     

四山亭(巴水)祝賀の句

 

はつむまや鳥羽四塚の鶏の声

二月最初の午の日の伏見稲荷の祭で、皆が春の訪れを喜んだ。鳥羽は四塚の南。

 

雲のみね四沢(したく)の水の涸れてより             

陶淵明『春水四沢ニ満チ、夏雲奇峰多シ』

 

三、四は 概ね つまらん。