♪恋の炎 転  

情念の炎を燃やし尽くす程の出来事の後で 女性はまどろみながら、夢の境を彷徨っています。

出来事を書くのは 野暮ってもんでしょ。

 

ネットからお借りしましたが、半島の女性らしい。あでやかですが、これも農楽(ノンアッ)なのでしょうか。

九州の太鼓踊りと起源は同じかも。

 

で、この装い(裳?)が高松塚古墳の女性群像とよく似ている。平城京の前の藤原京の時代。

 

本歌;黒髪の乱れも知らずうち伏せばまづかきやりし人ぞ恋しき

和泉式部

難しい言葉もなく、一読でシビれますね。

うち伏している場所は 彼の袖を畳んで作った寝具、少し乱れたその上の余韻の中に居る。

 

さて、これは借り物

 

男は夜明けとともに出仕のために その家を出る、残された時間は僅か。

 

その濃密な時間の中でさえ 和泉式部さまは『まづかきやりし』と昔の人を思い出している。

 

和泉式部の名は和泉守であった橘道貞の妻になったので、和泉と呼ばれていますが、

この結婚が破綻する頃 冷泉帝第三皇子為尊(ためやす)親王との熱愛が始まり、ゆえに親から勘当されています。

 

為尊親王が急逝すると、悲しみの癒える間もなく同母弟の敦道親王とスキャンダラスな大恋愛へと発展してしまいます。

やがて邸内へ迎え入れられることとなり、王妃は家を出てしまう。

 

なのに、この若き皇子も早世してまった。波乱に満ちた人生の始まり。

和泉式部日記にはこの二人のたくさんの贈り合った歌が書き留められています。

 

現代語訳;『男性には決して見せたくない乱れ髪にも気づかぬ程の幸せな気持ちのまま まどろんでいたら、いけないことなのに、この髪を指で撫でてくれた昔の恋人を思い出してしまったわ、せつないなぁ。』

  『まづ』の掛かり具合ですが、『まづ恋しき』と読むと『あなたはしてくれないけれど元カレはしてくれた』的で、『髪をかきやる』行為をしない男に物足りなさを感じていることになってしまいます。 こう読むと 男の一人としてはちょっと挫ける。 

ですから『まづかきやりし』と読んで、不意に蘇った素朴な感情としておきました。

 

 

歌詞;愛されて寝乱れるまままどろめば 髪を掻きやるあなたの手が好き

  女性の意識を男の手に凝集させてみました。

 

本歌;もの思へば沢の蛍も我が身よりあくがれ出づる魂かとぞみる

和泉式部

この歌は夫保昌がよそよそしくなり始めたので、縁結びの貴船神社にお参りした時に作られたとか。

『もの思へば』は『ものおもへば』と6音で読まれますが、自分としては『ものもへば』と5音で読みたいと思っています。

 

 

今朝の彩湖 外環道に掛かる幸魂大橋(さきたまおおはし) 

武蔵野国サキタマは利根川の方なのに ここは荒川、ちょっと遠いな。

幸と魂と チープな当て字で、恐縮しております。

 

 

和泉式部の奔放な恋愛遍歴を表立って非難しているのは紫式部ですが、彼女は漢文を読みこなす程の男勝りでした。

時には『めぐり逢ひて見しやそれともわかぬまに雲隠れにし夜半の月かな』と、久しぶりに女友達が訪ねて来たのにとっとと帰ってしまったと詠んでいます。かなり親密な関係にあったと想像します。

 

和泉式部はやがて道長の家司で武骨な勇者として知られる藤原保昌と再婚して、夫の任地である丹後へ下ります。

その間に、最初の夫橘道貞との間にできた娘小式部内侍の『大江山いくのの道の遠ければまだふみもみず天橋立』が詠まれたワケです。

 

 

現代語訳;『愛してくれない人を思っていると、儚く光る蛍を見るにつけ、この熱い体から抜け出した自分の魂を見るようです。』

比較的冷静なのは 夫との関係は修復できないと考えているからか。

 

和泉式部さんは 煩悩の海に溺れている自分を しっかりと見つめている気がする。

蛍に自らの魂を準えて、つまり外在化させる作業を通して 自分の救われない魂を。

 

女性が仏教的に救われるようになるのは 天台宗で修業し、浄土宗を開いた法然上人まで待たねばならない。

上人は寄進のできる貴族階級の女性はもちろん 遊女ゆうじょ傀儡子くぐつし の最下層の女性も同じように お念仏さえ唱えれば往生できると説いた。

 

東大寺を焼き払い多くの僧侶を殺害した平重衡が処刑前に 地獄落ちを恐れて縋ったのも万人往生を説く法然上人で、彼から受戒しています。受戒の地に立つ札。

 

 

歌詞;恋ゆえの闇をさ迷う蛍こそ 我が身より舞い出づる魂

  蛍を夜の闇から 心の闇へと連れ出しました。