九州では大雨で 大被害となった。治水は国家の大事業で基本であるし、その目標でもあり存在理由でもある。コロナで混乱してるとは言え 国の責任は重い。

 

その昨日のさいたま市荒川上空の空は 不謹慎ながら 日常的でない美しさがあった。

 

 

天は荒れていたか。。羽田への着陸コースに 入っている旅客機が 曲がる素振りも見せず、そのまま直進してどうなるのかと見るうちに、たぶん和光市も端に来て 左旋回をした。

ほっとした(笑) パイロットの操縦自由度はそれなりに大きいのかも。

 

それと曲がりだすと、機影はたちまち見えなくなるものだと 初めて知った。

 

今朝は7/5日曜日の朝で、バス待つ人も少なく静かな町をチャリ散歩した。

街中の田んぼには 田植えの時期の違いかな、生育の異なる稲が 道を挟んで向かい合わせに植えられていた。

 

 

別々の農家さんなのか、品種の都合なのかは分からないけれど 面白いね。

荒川の河川敷の田んぼは この育っている方と同じかな。

 

土手までは埼大通りを行くんだけど、大きな切り株があった。

 

なんだか半端な高さに切ったのでは? 枯らす気ならもっと根本で切ればいいし、残すなら 安全のために もう少し背高く切ればいいのに。

でも それでも危ないと言えば危ないな、転落して 車道に落ちるかもしれないし。だから 根こそぎ移してしまえば良かった。

 

荒川支流の鴨川も一級河川で、立派な橋が架かっている。

浅間橋をせんげんばし と読む。浅間神社もあることだし これが普通か。

埼玉には 浅間台あさまだい と読む町も有ることはあるんだけど。 

 

この先のを右に曲がって荒川土手に出ると 広大な運動公園がある。

三十代のころ そこでよく野球をやった。

 

医師や看護師、薬剤師、理学療法士、σ(^^ )や歯科技工士や、事務方の職員も みんなで遊んだ。

若いころは それなりに楽しかった。

女子の事務員さんが 高校時代からソフトボールで鍛えた方がいらっしゃって あの大きいソフトボールの玉を誰も打てなかった。

唯一かっ飛ばしたのは 大学野球部出身の男性で、さすがってことになった。彼は その後努力して 高校の教員になった。

ある日病院の庭でキャッチボールしていたら、看護師の女性が混ぜてと参加してきて、白衣のまま剛球を投げ込んできた。彼女もソフトボール出身だったのかな、なぜか聞き損なった。

回ってきた銀行の外交員とキャッチボールをした時は 怖くてビビった。彼はベンチ入りした甲子園ボーイだそうで、投げ込んでくるボールが強く回転していて ぶ~んと唸っている。グローブの中の手も間もなく痛くなった。でも痛いより とにかく怖かった(笑)

 

あの三十代前半までが 我が青春かな。

35歳で開業してからは 「遊ぶ」が無くなった。

スキーではかなり無理も無茶もしたけれど、この道楽以外は 割と臆病に生きて来た。