ゾロアスター教教祖との対話 ~宗教や思想等は改竄されて後世に伝えられているものもある~ 過去世③ | みんなのブログ

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意識の使い方、物事のとらえ方などに視点を置き
論理的思考、感覚、超感覚を交えて
時事、歴史、科学、スピリチュアル、宇宙の法則、目に見えない存在など、現時点、認識できている限りのことをお話します。
投稿主は理学部卒です。

こんにちは。

 

 

 

今回は、前回に引き続き、自分の過去世の思い出しをまとめた備忘録的な意味合いの記事になりますので、ご興味がない場合は、スルーなさっていただければと思います。

 

 

それでは、追憶の旅の始まりです。

 

 

 

●…僕(投稿主)のセリフです。

 

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◎過去世

BC550

中東 今のイラクあたり

ザラトゥシュトラ(ザラスシュトラ、ゾロアスター)

ゾロアスター教の教祖

 

 

「この世の真理を見つけたい」

「いつか帰って来る」

と妻子に言い残して、一人旅立った。

 

砂漠を当てもなく彷徨い30日ほどたった満天の星の夜、

目に見えない何者かから語りかけられた。

 

 

『汝は、何を求める者か?』

 

「私はこの世の真理を知りたい。

人々が幸福に暮らすための理(ことわり)を知りたい。

それが私の願いです。」

 

『この世は、光と闇が覆う世界だ。

昼になれば太陽が昇り、夜になれば太陽が沈み、暗くなるように。』

 

「この世は、先が見通せない闇のようであります。

人々の争いは絶えず、ときには今日食べる物にも事欠くありさま。

日々太陽が昇るとはいえ、これで、光の世界と言えましょうか?」

 

『汝は、光の世を望む者か?』

 

「はい。そうです。」

 

『ならば、大きな有り余る光で、闇を包み込むのだ。

さすれば、闇も光へと転じよう。』

 

 

・・・

 

 

そういった形で、このときから目に見えない何者かからの指導、神託が始まり、その者から教わったことを身を以て実践し、また、それを人々に伝えて回った。

 

それが今日のゾロアスター教だ。

 

 

だが、他の宗教の例に漏れず、私が人々に伝えた教えも、後の権力者たちの手によって、彼らが人々を支配する目的のために都合のいいように書き換えられてしまった。

 

 

大まかに話せば、私が人々に伝えた教えは、お前たちが学んでいる自己統合の話だ。

 

自分の内面と向き合い、内なる光も闇も受け入れ、陰陽を統合するという話だ。

 

 

その結果として、自分の意識の反映たるこの世の姿も、自ずと内なる光を反映したものに変わってくる。

 

すなわち、光の世になる…というのが、私が人々に伝えた教えだった。

 

 

 

ところが、後の世の権力者たちによって

 

・内なる光と闇の統合

 ↓↓

・光と闇の対立、善悪の対決ののち、善が勝利し、善なる光の世が訪れる

 

という教えにすげ替えられてしまった。

 

 

そこばかりが強調されるようになってしまった。

 

 

 

お前も既に学び、知っているように、外なるものに自分の意識がとらわれているうちは、真の光の世が訪れることは絶対にない。

 

また、対決、討伐、排除などの手段の行使による光の世の到来も絶対にない。

 

 

 

対決や排除の意識で事を成せば、それは同時に、新たな対決や排除の種を産むことになり、やがていつしか、それらが花開き、人々が対決したり排除されたりなどの体験をすることになる。

 

この世は、お前たち一人一人の意識を投影したものだからだ。

 

 

 

だから、光の世を築きたいのであれば、外側の世界に働きかけるのではなく、まずは自己の内面と向き合い、内なる光と闇を統合していく必要がある。

 

外側の世界への働きかけは、その後と言っても過言ではないだろう。

 

 

かといって、毎日、瞑想、内観だけしていれば、光の世が訪れるかといえば、そうでもないことは、お前も分かっていよう。

 

そのあたりのこと誤解なきよう、お前もみなに伝えるのだぞ。

 

 

 

●分かりました。

 

 

お前に伝えたきことは、まだ数多くあるが、お前の身魂磨きの進み具合に応じて、その都度、必要なことを伝えよう。

 

世界にあまた散らばった宗教も、これから徐々に、融合、統合の方向に向かうだろう。

 

 

この世の真理とは、複雑なようで、その実、シンプルなものだからだ。

 

真理に辿り着くための手法、道筋が異なるというだけなのだ。

 

 

その手法、道筋の違いが、

・宗教の違い

・宗派の違い

・教義の違い

となって、この世に顕現したというに過ぎない。

 

 

大元の真理は一つである。

 

 

各宗教の教義が融合していく流れの中で、いわゆる宗教の「教祖」「開祖」といわれる人物たちが、当時、人々に伝えたことが、後世でいかに歪められて伝わっているか、ということも明らかになってくるだろう。

 

 

 

お前も知っているとおり、私が生まれた時代は、時をほぼ同じくして

・ギリシアでプラトンが

・インドで釈迦が

・中国で孔子や老子が

活躍した時代だ。

 

 

 

みなそれぞれ、伝える内容に差異はあれど、真理に辿り着くための手法、道筋を説いているに過ぎぬ。

 

ご多分に漏れず、現代に伝わっている内容・教えには、大なり小なり、後世の権力者などによって都合よく書き換えられている部分もあるがな。

 

 

それについても、お前たち一人一人が審神者(さにわ)して、自分に受け入れるのか、そうでないのかなどを判断していけばよい。

 

 

審神者とは、真実や答えを外に求めるのではなく、

「全ての答えは、自分の内にある」

ということを理解し、自覚することでもある。

 

 

お前も既に様々な存在たちから教えられているように、自分の内なる感覚を信頼して(=自信を持って)、生きていく人のことを審神者(さにわ)と言う。

 

それが、審神者という言葉が持つ本来の意味の一つである。

 

 

それを実践し、自分自身の生き方に変えていく者たちが、いわゆる目醒めの道を歩む者である。

 

 

今の段階で伝える必要のあることは伝えたかな…

 

お前から私に聞きたいことはあるか?

 

 

 

●なぜ、紀元前500年ころの同時期に、世界各地で真理の探究者が現れたのでしょう?

 

 

プラトンの奥方から聞いているな?

 

アセンション(次元上昇)のための種まきだ。

 

 

お前の意識がもっと開いてくれば、その背景などもより理解できるようになる。

 

まずは、自分の魂の道に集中することだ。

 

 

 

●仏教は、東南アジアや日本などの地域に現代まで伝わり残っていますが、ゾロアスター教が、仏教やキリスト教ほど世界に広まらなかった要因はなんでしょう?

 

 

うむ、いい質問だな。

 

 

話すと長くなるゆえ、簡潔に説明するが

 

①後に現れた宗教の教義に吸収された

 

②直接的に人々の悩みを解消する「心の拠り所」となる教えではなかった

 

などが挙げられるだろう。

 

 

①の「後に現れた宗教」とは、いくつかあり、それぞれ派生したり、影響を受けたりしているゆえ、AならばB、BならばC、ゆえにAならばC…というような竹を割ったかの如く理路整然としたものではないのだが、ゾロアスター教の影響を受けた宗教としては

・マニ教

・ユダヤ教

などが挙げられるだろう。

 

 

②の「心の拠り所」とは、聞こえはいいが、表現を変えれば

「依存心」

「何かにすがる氣持ち」

と言うこともできるだろう。

 

 

私が人々に伝えた教えは、そのような何かにすがりたくなる依存心を克服し、人々の意識、精神の自立を促すためのものであった。

 

 

だが、当時は、今と異なり、まだまだ何かにすがったり、あるいは、他者を敵とみなして対立し争いたい人々(魂)が多かったため、私の

「依存心や対立心を手放して、自由で自立した意識を育む」

という教えは、あまり人々の心に響かなかったようだ。

 

時代の流れゆえ、それも致し方ないことだな。


 

 

●なるほど…今の時代と異なり、意識の自立を促すというあなたの教えを人々に伝えるのは、さぞ大変だったことでしょう。

 

●また、当時の人々があまり「意識の自立」を求めなかったので、あなたの本来の教えも、後世にあまり広がらなかったということも理解できます。

 

●「私の願い事を叶えてください」など何かにすがったりする人々の集合意識が、やがて、もっと人々を依存心の虜(とりこ)にさせるような

・人々を救済する絶対的存在⇔救済されるか弱き人々…という世界観

・善と悪、敵と味方といった排他的な教え

などを形成していったとも言える氣がしました。

 

 

そうだな。

 

人々が求めていないものは、自ずとこの世から姿を消していくものだ。

 

 

宗教でなくとも、人々が何かに依存する心がある限り、

・依存したくなる世の中の仕組み

・「無力な自分(というのも自分の思い込みでしかないのだが)」ゆえ、何かにすがりたくなる社会構造

は維持されてゆくのだろう。

 

 

だが、目醒めを決めている者は、そこから遅かれ早かれ抜け出すから、心配はいらぬ。

 

 

「何かに依存したり、『無力な自分』という意識を手放し、自分が無限の可能性を持った愛の存在であることを思い出す。」

 

と心に決めればよい。

 

何も自覚がなくとも、自分が意図したとおりにエネルギーは動き出すからだ。

 

 

全てはお前たち一人一人の意思と決断次第だ。

 


 

●はい。

●あなたにこの世の真理を伝えてきた「目に見えない何者か」というのは、どなただったのですか?

 

 

まだ伝えるのは早いとは思うが、

「とある宇宙存在」

とだけ伝えておこう。

 

他に質問はあるか?


 

 

●今のところは、以上で大丈夫です。

●ありがとうございます。

 

 

では、一旦ここで終わりとしよう。

また必要なことは伝える。

 

 

真の光の世…その訪れを、築きを、楽しみにしているぞ。

 

私もお前たちとともにある。

 

 

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以上になります。

 

 

 

 

前世・過去世についてですが、多くの魂が、地球での生まれ変わり(=輪廻)を幾度も繰り返してきています。

 

その中では、様々な人生経験をしています。

 

例えば、

・歴史上、有名な人物

・殺人者や犯罪者

・被害者

・多くの人に貢献した人物

などですね。

 

 

僕も、鑑定させていただいた方の中に、

・誰もが知っている歴史的な有名人が、ご自身の過去世

という方が、何人もいらっしゃいました。

 

前世・過去世というものは、誰もが

「必要な魂の学びのため」

に体験をしてきている過去の人生の一つになります。

 

そこに、優劣、尊い⇔卑しいなどは存在しません。

 

宇宙的には、魂的には、それらの人生一つ一つが貴重な体験になります。

 

 

ですので、

・過去世がどれだけ有名人であろうと

・偉人の生まれ変わりであろうと

今の人生を生きているのは、今の自分自身であり、大切なことは

「どのような意識で、どう生きるか」

なんです。

 

 

「過去世が、偉人だなんてすごい!」

という意識を僕は以前持っていたのですが、目醒めていくためには、この意識も統合する必要があると思っています。

 

その意識を統合すれば、

・自分の過去世が誰であろうと

・自分や他人が誰の生まれ変わりであろうと

 

「仮に有名人だった過去があろうとも、過去世は過去世。今の自分は、今の自分。」

「自分は、今の不完全な自分を100%受け入れて生きていく」

という決意と覚悟が生まれ、また統合・目醒めが加速していくと感じています。

 

 

 

 

それでは、毎度のことではありますが、以下のようになさっていただければと思います。

 

(1)次のように感じた内容は、受け入れる

 

「そうそう」

「そのとおり」

「分かる分かる」

「だよね!」

「やはり」

「納得」

「しっくりくる」

「そういうことか!」

 

 

(2)次のように感じた内容は、受け入れない

 

「んん??」

「モヤモヤ…」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

「支離滅裂」

「んなわけない」

「明らかに自分の中の真実と一致しない」

 

 

(3)次のように感じた内容は、一旦、脇に置いて保留する

 

「へ~」

「ほ~」

「ふ~ん」

「ポカーン」

「噓か誠か、今のところは判断できない」

「一概に否定はできないかな~」

「そういうこともあるのかも」

「一理ある」

 

 

 

 

それでは

 

みなさまの最高・最善

 

みなさまの天命が全うされますように

 

 

 

最後までお読みくださりありがとうございます!