前日受付を済ませていましたので、ゼッケンをジャージにつけました。505番。昔は、ヘルメットに番号が書いてあるカバーをつけていましたが、今は計測タグがあるからなのか不要です。
息子が、SOSに見える、と言っていました(・∀・)
コースに入り、ちびっ子の微笑ましいレースを見ていました。そのとき、隣にいらっしゃった方はB-50(50歳代クラス)で昨年優勝された方でした。何か話しかけようかと思いましたが、結局ビビってできませんでした(´・ω・`)
いよいよB-50の招集時間となり、スタートラインに出ました。
「昨日は落車が多かったです。救急車はおろかヘリまで出動しました。皆さん明日お仕事でしょうし、無理はしないでください。突っ込まないようによく前を見て走ってくださいね。それでは皆さんの健闘を祈ります」
ビビる
((((;゚Д゚)))))))
そんなことを言われると逆にビビります。リザルトを見てみますと、A-YとA-Mクラスは全7周のはずが6周で終了となっています。確かに、前日救急車がコースに入っていくのを2度見ています。ヘリまで来たのなら、レースが短縮されるのも仕方がないです。
号砲が鳴ってスタート。第1コーナーを曲がるまでは追い越し禁止のローリングスタートのはずなのに、みんなえらいスピードを出しています。この時点で人に着いていくのは無理だと思いました。最後尾まで下がります。私が20歳代の頃のチャレンジサイクルロードレースは、現在のように細かいクラス分けはなく、年代別一律4周20kmで、出走者も1クラス150人ほどいましたから、スタート時の第1コーナーはギッチギチで、後ろの方は詰まって大変危険でした。B-50とB-60を合わせても31人しかいなかった今回、詰まるということはありえなく、自ずとスピードが出るのです。迷惑になるので、スタートラインに並ぶ時点で一番後ろにいればよかったです。
はじめの登り、最長の下り、第2の登り、そして最大勾配の秀峰亭坂を全力で登りました。この時点で脈拍は180近くに達していたと思います。最後の登りを上がり切ったところで、管理オートバイの方に、現在トップと2分差です、と教えてもらいました。この時点でトップは1km以上先を行っているわけです。体がきつくてそんなことを考える余裕がなかったのですが、カラ元気で「了解!」と答えました。
だらっとまだ続きます。