薄毛のわが子


電車だ。薄毛、初めての電車だ。


じじばばの所に行くまでの3駅分。いつもなら車で出かけるのを、わざわざ電車を利用した。かーちゃんに車で駅まで送ってもらい、じじばばの家の最寄駅でまた車で拾ってもらう手はずだ。


父と娘の二人だけの小旅行。ちょっとドキドキ、ワクワク。


薄毛を抱いたまま自販機で切符を買って、自動改札を通る。二人でゆっくりと跨線橋の階段を上がる。人気の無い昼下がりの通路を手をつないでゆっくりと歩く。薄毛は、目の不自由な人用のイエローラインの上を歩いている。楽しそうだけど、なにかちょっと不安な感じ。とおちゃんも薄毛も、これから始まるほんとうに小さな旅行に、なんとなく先行きが見えない何かを感じているのか。それともかーちゃんがいないからなのか。


いや、旅行の楽しみはそういうものなのかもしれない。これから起こるかもしれない事を不安に感じたり、それが楽しみだったり。


薄毛のわが子


薄毛は終始、楽しそうにしていた。


発車するまでの電車の中では、薄毛は向かいのホームに出入りする電車に声をあげ手を振っていた。車内の人々は父と娘の冒険に興味がないらしい。しかし、冷たい視線ではなく、かと言ってほほえましい視線でもない。アンニュイな午後の人々。午後のローカル電車の中は、いつもこんなもんなんだろうか。薄毛との会話も、自然と抑えたものになる。薄毛も場の様子を感じ取るのか、いつもより大人しい。こういう雰囲気も悪くない。


電車が発車したら、運転手のすぐ後ろのかぶりつきの場所に移動しようと思っていたが、女子高生二人組みに占拠された。お互いにケータイをいじりながら部活やテレビの話をしている。他愛ない会話。まもなく2歳の子を持つ父親には縁遠い話。君達も将来は子供を持つんだね。


薄毛は車窓から踏み切りをみつけてはよろこび、富士山をみつけてはとおちゃんに教えてくれる。ああ、本当に楽しそうでよかった。


最寄駅に着くと、かーちゃんはまだいなかった。メールを確認すると、ちょっと遅れそうだと連絡が入っていた。


これまた人気の無い無人駅のロータリーで、かーちゃんの迎えを待つ父と娘。小春日和でよかった。


娘と行った初めての旅行。短かったけれど、ほんとうに楽しい小旅行だった。


薄毛が結婚する時に(結婚できるかどうか不安だが)、今日のことを思い出して泣けるんだろうな、と思ってみたりした(笑)