高速道路の用地確保に延べ2140kmの無駄が明らかになった。

ようは片側2車線の4車線分の用地を確保していながら、実際に整備されたのは片側1車線の2車線分、という路線の総距離が2140kmにも及ぶ、ということが問題視されているということだ。


なぜ4車線化されないかといえば、通行量が少なすぎるということが原因。通る車が少ないのに4車線も必要ない、という判断らしい。建設以前の需要予測の甘さが指摘されることが多いが、考えられる根本的な問題点たくさんある。

先ず一番の問題となっているのは高すぎる通行料金。片側一車線の路線があるエリアと言えば、人口も少なくそもそもの交通量が少ない地域。国道を走っても平均的に40~60kmで走れたりすると、ある程度の長距離を走らないと高い通行料を払う価値がない。相当急いでいる場合を除き、多くの人は30分以内の違いなら一般道を選ぶのではないだろうか。10分走っただけで数百円も掛かる道路を積極的に使えるほどの所得の人は、そういった地域では非常に少ないという事実を黙殺して建設に踏み切ったのは容易に想像できる。

次の問題点は走行距離。オドメーターだけを見ていれば高速道路のほうが進む距離は稼げるが、実際の到着時間を考えると微妙になってしまう場合が多い。なぜなら高速道路は地理的に建設が難しい箇所を避けたり、実際の需要とは掛離れた街へわざわざ寄り道したりするのでなかなか直線的には建設されない。路線が行きたい方角を向いていない場合などは多々あるし、抜け道を知る地元民にとっては高速道路を使うのと然程変わらない時間で目的地に到着出来ることも知っていたりする。そんな路線は決まって70km/hに設定されていて、それを遵守する優良ドライバーがいたりすると本格的に一般国道を走ったほうが早く通過できたりしてしまう箇所があるのも事実だ。

さらなる問題は「高速道が通れば地域は発展する」という勘違い。この勘違いによる先行投資を行い、超多額な負債を出している沿線自治体や企業は少なくない。国や公団はこの手の夢物語を地域に描かせつつ、用地提供を促してきた。しかし実際には、魅力的な観光施設や、企業にとってメリットのある立地条件がなければ地域への流入など望めるわけがない。ましてやそんな地域に企業や観光客を呼べるほどの魅力を創り出す体力はあるわけもなく、全てが中途半端に終わり血税だけが虚しく消えていくという事態に陥っている。

これらを総合して考えれば、このような路線のある地域に必要なのは信号のない一般国道と制限速度の見直し。街に数箇所のランプと一定間隔で追い越し車線を増設し、制限速度を70km/hまで引き上げれば例え片側1車線でもかなり循環の良い路線へとリモデル出来そうだ。なにより我々はそれらを簡単に実現できる程の超高額の道路特定財源となる税金を払い続けている。さらに高額の通行料を払ってまで大して高速で走れない高速道をわざわざ使う理由があるだろうか?もっとも、現状路線が出している赤字分で一般国道のリモデルは出来そうなものだ。
2008年4月30日に期限切れになるはずの自動車重量税の暫定税率。ガソリン税の暫定税率復活に目がくらんでるうちにコソコソと勝手に維持の方向へ運んでいるようだ。

みんなが気付かないうちに延長しちゃえ!」といったところか。

余剰の出ている自動車関連税でありながら、自動車重量税の暫定税率までも維持する必要がなぜあるのだろう?道路族とその取り巻きのお小遣いのため?おそらくそうだ。

暴動などを起さない国民性を利用して、横暴な税率を数十年に渡って自動車ユーザーに押し付けてきた。暴力ではなにも解決されないが、これほどまでの理不尽が続くと黙ってない国民も出てくるだろう。なにしろ国民に議決権はないし、話をしても通じないし、そもそも税率の改定なんて重要視されていない。とてもリベラルな状態とは言えない現状である。


ちなみに、自動車重量税は自家用車で0.5トンあたり年間6,300円ほど支払っている。そのうち暫定税率は驚きの3,800円

本来必要な額の倍以上を我々は支払っていることになっているのだ。そりゃぁいいお小遣いになるわけだ。


世界的に見ても複雑で透明性が極めて低い日本の自動車税制。税金の種類を細かく割ることによって、公平性を保つと言っているが、その種類の数だけ税収の管理業務等で多くの無駄な人件費が支払われている上、相場以上の見積もりで道路事業に金をばらまいている。他の先進諸国の2~38倍もの課税が必要なわけである。

これでも暴動が起きない日本に生まれて、本当に良かったです。みなさんの意見で暫定税率は阻止できます。次回の選挙はマニフェストを良く読んで必ず投票しましょう。

巷をトリマキ話題になっていた自転車の3人乗り禁止が見送られた。先進国としては恥かしいニュースだが、議論として持ち上がった事の意義は大きい。

なぜ禁止を訴えかけたのかと言えば、実際に子供との同乗自転車の事故による犠牲者が多いから。自転車事故全体での割合で考えると少ないが、自発的に危険を避ける術のない幼児が親の都合で犠牲になっていることが大きな問題だ。


子供との同乗による事故のほとんどが、低速走行時は駐輪中、もしくは駐輪の前後作業中に起きている。重心が高いのだから倒れやすいのはちょっと考えればわかること。擦り傷程度で済めばいいが、実際に死亡している幼児もいるのである。

万一にも死亡する可能性があるのであれば、良識のある親であれば避けるであろう。それでも子供を同乗させると言い張る母親が、テレビのニュースで恥かしげもなくインタビューに答えている姿を見ると、その昔「俺は事故を起さなね~からシートベルトはしねぇ!」と言っていた頭の古いおっさん達を思い出す。シートベルトの義務化をとっても、それによって助けられた人の数は計り知れないはずだ。

日本では未だに子供を車両に放置して買い物やパチンコなどをする親がいる。子供を家に残して出かけてしまう親もいる。自転車に乗る子供にヘルメットを奨めない親も多くいる。先進国でありながら子供の安全に対する意識が低い親が多いのは、子供の危険に関する情報が行き届いていないのに原因があるからに他ならない。危険は実体験しないとその恐ろしさがわからないものだが、だからこそ国や警察はその危険性をもう少しリアルに伝えてもいいんじゃないかと思う。犠牲になるのは純朴に親を信じて生きている子供なのである。


母親達の言い分といえば、「子供を残して出かけられない」「2人の子供を歩かせるのはもっと危険」といった具合。自転車の幼児用椅子に座らせておけば、確かに動きを拘束できて管理しやすい。なにより徒歩よりずっと速く移動できるのだから忙しい母親にとっては貴重な移動手段。実際に子育てを体験すれば同情にあり余る話ではある。

子供のカラダのことより日々の利便しか見えなくなるほど凄まじい生活を強いられている現状もある。実際に子供が死んでしまったり、重度の障害を負ってから泣きわめいても元には戻らない。頭でわかっていても日々の利便が最優先。そんな母親達が反対して成立した今回の「見送り」。それでも今日から同乗自転車が減って欲しいと願う人も少なくないことを祈ります。