春海さんの『死ぬまで生きた』 と『消防官ハヤ太の日記』にトラックバックしてます。


彼のブログは彼が書き始めた最初から読んでいました。
素樹文生さんが 「自ら死ぬ人のものより、なにかしらの力で自らの命を奪われてしまうことを悟っている人の書いたものには、勝てないよ。
死を覚悟して待つ人は、文豪なり。」と彼のブログを紹介していたから。

『死を覚悟している人の生の声が聴けるなんてすごいなぁ。参考になるだろうな。」という気持ちで読んでいました。なかなか患者さんの本当の気持ちを聴く機会は少ないからです。

彼のブログは彼の性格でしょうか、淡々と書かれていました。
彼自身、『命の期限が見えてしまったのだから、気落ちしたり悩んだりしている時間はありません。』と。
彼は消防士という職業柄、きっと死というものを身近に感じていて、自分が仕事中に死に至る事もあるかもしれないと普段から考えていたのではないでしょうか?
ある意味、いつも覚悟して生きていたといえます。

彼が亡くなる前日に書いた『アリガトウという気持ち』を読んだ時、彼が本当に心の底から、みんなにアリガトウと書いているのが、彼が『たくさんの人に囲まれて幸福です。』と彼が今、感じているのが伝わってきて、泣きながらブログを読んでいました。
彼は余命が少ないことを知っていても、それでも、今、自分は幸福だと感じていました。

彼が亡くなった後に、彼のブログが創作じゃないかという疑いをもたれています。
亡くなる前日にああいう記事が書ける訳がない、出来すぎてるという意見のようです。

でも、本当に稀にアリガトウと言って亡くなる患者さんがいます。
やはり、春海さんのように、自分の余命を知って、覚悟されている方です。

私が出会ったその人もそうでした。
彼は16歳で発病して22歳で亡くなりました。
最初の入院の時はまだ、高校生で可愛い感じなのに、志賀直哉の『暗夜行路』を静かに読んでいるちょっと背伸びした子でした。
自分でHPも作っていて、そこに日記みたいなエッセイみたいなものも書いていました。

彼は何度も何度も主治医から「今回はもう駄目かもしれない。」と言われながらも、驚異的に回復して、退院して私達を驚かしていました。

亡くなる2~3日前だったと思います。
彼の容態が悪くなった時に、
「私が知っている患者さんの中で、○○君が一番頑張りやさんだよ。凄いよ、本当に…」と彼に言うと、
「そうかな、嬉しいな。でも、まだまだ、やりたいことがたくさんあるんだよ。だから、生きたいよ。」と苦しい息の中で言いました。
彼は「自分は献血してくれた人にとても感謝しています。そのおかげで生きて来れたから。だから、そのことを伝えていきたい。」と言って、元気な時は、血液センターでボランティアをしていました。
きっと、そういうことをもっとしてゆきたかったのだと思います。

最期の時、彼はナースに自分のパソコンに入っているさだまさしの曲とビートルズの『Let It Be』を流して欲しいと言って、聴きながら、旅立っていきました。

最期の時、意識が低下してしまうから、こういう風な最期を迎えられる人は本当に稀です。
でも、稀に奇跡のようなことが起こることがあります。

私は春海さんのブログ自体が奇跡のように感じています。
だから、信じられない人がいたとしても仕方ないけど、彼のことや彼のブログを守っているハヤ太さんのことをそっとしておいて欲しいと思います。

今日の朝日新聞で瀬戸内寂聴さんの
「この世は苦しみであると説いたお釈迦さんは、亡くなるとき『この世は美しい。人の心は甘美である』と言い残された。希望を持ちましょう」
という記事が載っていました。

きっと覚悟して最期を迎えた人は少なからず、このような心境にまで到達することができるのではないでしょうか。